1976 April
4
ホグズミートへの外出が許されている日は、城内の気分が高揚しているのがわかる。
当日だけでなく、数日前から浮足立ちながら計画を巡らせるものなのだ。
もなんとなく浮かれていて、買い物に行くために必要だと思われる身支度に関する細々とした物をamazon.wichする始末だった。
前夜に寝台に並べると気恥ずかしさに顔が赤くなるが、そういえば気持が浮き立つようなデートらしいデートは初めてだと思い至って苦笑する。
衣服をクローゼットにしまい、羽毛に潜り込む。
春と言えど夜は身体が冷えた。
頭も冷えてくれるとちょうどいいのに、とは一人で笑った。
「よお」
と声をかけるシリウスはいつも通りの気安さで片手を上げた。
スリザリン寮とホグワーツ全生徒共有地の境目で壁にもたれていたシリウスは通りすがるすべてのスリザリン生から怪訝な視線を投げられていたが、気にも留めていない。
インディゴのデニムに綿のシャツを着ているだけなのに魅力的な彼の姿をみると,
も無視して通り過ぎたい気分を抑えてシリウスに向き合う。
「おはよう、シリウス」
「迎えに来たぜ」
「……どうもありがとう」
「なんだよ、もっと嬉しがれよ」
「複雑なの、いろいろ」
「ああ、おまえ、あの弱虫鉤鼻腰ぬけ野郎をめぐってフローレンスと騒動起こしたって聞いたな。そんでグリフィンドールの俺とお出かけとか、そりゃ変な目で見られるだろうなぁ」
シリウスは周囲に聞こえるようあからさまに明朗に言うと、にやりと笑った。
「なあ、あいつの鼻って邪魔じゃねえの? そういう時に」
は無言でシリウスに狙いを定める。遠心力のついたバッグは自重以上の鈍器と化してしたたかにシリウスに叩きつけられた。
「いってえな! 悪かったよ」
じゃれあうように行けば、校外への外出にはしゃぐ生徒達に埋没した。
ホグズミートの駅から大通りはホグワーツの一団で賑々しい。
しかし、シリウスは商店のならぶ通りと離れ、人気のない路地へと歩みを進める。
緩い坂道を上ると古びた屋敷が見えた。眉をひそめるを見て、シリウスが笑う。
「ここって……」
「大丈夫、俺らがたまに使ってる屋敷だから。ほら、楽しんでるときに、誰かに水を差されるかもしれないって思うだけで集中できないもんだろ? だからあんな噂を流してるんだ」
「へぇ、……それ、みんなにばらしてもいい?」
「いや、やめてくれ。超ワイルドなパーティだからな。興味本位の奴が来たら嫌だ」
「へえ?」
「ああ、ルーピンなんかすごいぜ。普段、良い子ぶって抑圧されてるから豹変ぶりがすごい」
「ちょっと見てみたわね」
「骨の髄まで痛めつけられて終わるだけだぜ。そんなの俺が見てて嫌だからやめておけよ」
「わかった」
「誰にも言うなよ?」
「優等生の二面性を?」
「俺もそのパーティの一因だからさ」
「ワイルドな」
「ああ」
シリウスは門の前を素通りすると、煉瓦の外塀に沿って裏手に回った。
塀を覆う蔦をカーテンように手で避け、杖で規則的につつくと鈍い音を立てて煉瓦が道を空ける。
足元に茂る雑草も細くけもの道になっていて、頻繁な往来があるらしい事が見てとれた。
素足がむき出しのが背の高い草の先に引っ掻かれて怪訝な顔をすると、シリウスは勝ち誇ったように笑う。
「抱えて運んでやろうか?」
「いいえ、お構いなく」
不機嫌に言えば、彼は更に声を立てて笑う。
屋敷の壁には新しい金属製のハシゴが沿わせてあった。見上げれば3回ほどの高さにせり出したバルコニーがある。どうやら、そこまで続いているらしい。
「レディーファーストだ。どうぞ」
あからさまににやにやとシリウスが言うと、は呆れて笑い、シリウスの背中を押して先を促す。
わざとらしく落胆したふりをするシリウスは、しかし杖をハシゴにつきたてると上から足場が降りてきて簡易のエレベーターになった。
「ほら、乗れよ」
足場に足をかけたシリウスは手を添えてを支えた。
軋む音はするものの、滑らかに壁に沿ってバルコニーへと足場が上る。
到着してみれば、外壁の古さとは打って変わって清潔なバルコニーが用意されていた。
硬い石造りではあるが柔らかいブランケットを絨毯代わりに敷いてあり、さまざまな大きさのクッションも点在している。
シリウスはそのうちの一つを取るとに示して座るように促し、自分も近くに腰を下ろした。
「“いつもこんなところに女の子を連れ込んでるの?”とかつまんない嫉妬すんなよ?」
「女子じゃないなら何を?」
「あー、……まあ、たまにはな。女性だったりするかもな」
「最低」
「失礼な事言うな、みんな最高だよ」
「バカじゃないの」
は呆れてシリウスを見るが、彼は悪びれず朗らかに笑う。
ぼんやりとクッションの四隅についているフリンジを指でもてあそんでいたは、なおも笑いを引きずっているシリウスを観察する。
生得の魅力をなのか、自然に他人の懐に入り込む滑らかさを持っているようだ。その証拠に、シリウスはを見ている事を隠そうともせずにずっと眺めていたが、それは不快に感じるような視線ではない。
シリウスはからの視線の意味に気づいたのか、一度眼を伏せて苦笑し、またの瞳を覗き見る。
「おまえさぁ、俺とつきあえばいいのに」
「どうして?」
「悪くないだろ?」
「デートもできるし、ディナーもできるし?」
「ああ。24時間フルコースで相手して、最初から最後まで優しく甘やかしてやれるぜ」
「たしかに、あなたは完璧ね。でも、私の事を好きになってくれるわけじゃないんでしょ?」
がうっすらと笑って言うと、シリウスは目を逸らす。追いかけるように彼のほほを両手で挟みこんで無理やりに視線を合わせると、シリウスは観念したように正面から彼女を捉えた。
は更に微笑んで追い打ちをかける。
「……それとも私の事、好きなの?」
の手首を掴んで下ろすとため息をついた。
「好きだって言われたいのか?」
「たぶんね、……それは、誰だってそうでしょ?」
「……逃げられると追いたくなるんだ」
「追われると逃げたくなる?」
「ああ、そうだ」
「でも夢中なの」
「あんなののどこが」
「シリウスはどうして私なの?」
「聞くなよ。野暮だな。そういうの、理由とかないだろ。普通」
「ほらね」
は勝ち誇ったように笑うと、シリウスの目を覗き見た。
彼女の視線の先には灰色の目があったが、思考の奥には別の彼がいるのがあからさまに解ってシリウスは顔をしかめる。
「……まいったな。こうこいうのは初めてだ。大抵は最初から俺のこと好きなやつばっかりだから」
「でしょうね。……シリウス・ブラックで居る気分てどんな感じ?」
「ああ?」
「あなたって、何をしててもお芝居みたい。ハンサムだから?」
「褒めてくれてありがとよ」
「別に褒めてないんだけど」
「いいんだ。俺は素直な耳してるから」
義理堅くが笑うと、シリウスは黙り込んだ。
並んでなんとなく中空を眺めていると、が追い打ちをかけるように口を開く。
「してくれるんでしょ? 昨日のみたいじゃないやつ」
「……そんな事言ったっけな」
「言った」
「好きな奴とじゃないとできないんじゃなかったのかよ」
「好き」
は眼を細めて微笑みを浮かべる。シリウスは視線を外さないまま曖昧に笑った。
「嘘つけ、このスリザリン」
「……グリフィンドールとスリザリンは仲良くできない? 入学式の日に、その後の9年間が決まっちゃうの?」
「……それは」
「じゃあ、証明して」
はシリウスの目を覗いてかすかに笑う。
シリウスは苛立ちを隠すようにの肩を掴んで腰も引き寄せる。の瞳から思考を読む前に顔を寄せれば、返礼に背中にまわされた腕が衣服を掴んでシリウスの気を散らす。
押さえつける必要はすでになくそれすら煩わしく感じた。
「痛くしてやる」
言葉とは裏腹にを撫でる手のひらには壊れ物を扱うかのように背中を撫でる。抱え上げて膝の上に乗せると、目前にお互いの顔があった。
「楽しみ」
が含み笑いをすると、ふいに唇をふさがれた。更に身体を引き寄せて探り合う。
何度目かの口付けの後、シリウスはの後ろ首に手を添えたまま身体を倒す。は手をシリウスの肩に置き、彼の腰の上に座り込んだまま上体を起こした。
シリウスの髪の毛に枯れ葉が縺れていたのでが手を伸ばすと、その手をつかで引き込み抱きとめる。
の動作にぎこちなさが無いどころか、その上で特に抵抗も見せない事にシリウスは驚きを隠さなかったが、ためらう義理も無く、4月に吹く風の快さに感謝をしつつお互いの服の釦に手をかけた。
2011/9/6