red data animals
the card
夕食後の居間。暖炉の近くに置かれたソファーで3人は小さなテーブルを囲んでいた。
今夜だけで何度も出されたお定まりのセリフをルーピンが淀みなく口にする。
「エースが1枚、ジョーカーが2枚。エースを開いたら勝ちだよ」
並んだ3枚の伏せたトランプのカードを挟んだ二人がお互いを見あう。リーマスは笑顔でテーブルの上を示し、その向かいのシリウスは眉間にしわを寄せてカードを睨んだ。
ルーピンの傍らに座っているトンクスはすでに勝敗に興味を失っているようで、指先にネイルカラーを入念に塗ることに集中しているようだった。
シリウスは真ん中のカードの下にコインを一枚叩きつける。するとトンクスが怪訝な顔で口をはさむ。
「ねぇ、なんでそこにしか賭けないの」
「いいだろ? ゲン担ぎだ」
「負けてばっかりでゲンだなんて、バカじゃないの?」
「うるせぇな」
二人の会話にルーピンが含み笑いを漏らし、真ん中のカードを開ける。捲られたカードはジョーカーで、それを見たシリウスは大げさに叫んだ。
「うわ!! またかよ!」
「ほらね」
「もらうよ、1ガリオン」
リーマスは硬貨をつまむとテーブルの端に置いた。そこには既に積み上げられたガリオン硬貨が暖炉の炎で金色に輝いていた。
シリウスはその山を睨んでさらに表情を険しくさせる。
「もうやめておけば?」
呆れた顔のトンクスが冷めた声で笑う。しかしシリウスは真剣な顔で懐を探り、巻煙草を取り出した。
「なぁ、次はこの……これでいいだろ? もう手持ちがないんだよ」
ルーピンに向ける。が、彼は目をすがめただけで軽く首を横に振った。
「だめ。私は吸わないし。現金しか受け取らないよ」
「この拝金主義が!」
「次の手当支給日までしのがないといけないからね」
「もう、今夜は運が無かったと思いなよ」
トンクスが呆れた声をだすと、シリウスの背後から肩の上を通って誰かの手が伸びた。そしてテーブルの上にガリオン硬貨が音を立てて置かれる。
「ねぇ、シリウス。ワイン蔵にある一番上の棚のボルドー、私に1ガリオンで売ってくないかしら」
3人がが見上げれば、そこにはが居た。
「あれを1ガリオンでか?」
「82年のよね?」
「……わかたったよ、持ってけ!」
「ありがとう」
不釣り合いな取引にシリウスは不服そうな顔をしたが、その条件を呑んだ。が満足そうに笑って腕を引こうとすると、その手首をシリウスが掴んだ。が怪訝な顔をしてシリウスを見下ろすと、彼は舌を覗かせてにやりと笑った。。
「なに?」
「幸運のキスをくれ」
「嫌よ。負けが乗り移る気がするわ」
「きびしいな」
シリウスは快活に笑って腕を解放する。は彼の隣に腰を下ろすと興味深げに場を眺めた。
「どれくらい負けてるの?」
「ずっと。最初から最後まで」
トンクスが顎でコインの山を示す。はそれを見て大袈裟にソファーの背もたれに沈み込んだ。
それを無視してシリウスはリーマスに向き合う。
「これが最後の勝負だ。やってくれ」
「じゃあ、カードが3枚。エースが当たり、ジョーカーが負け」
リーマスは肩をすくめてテーブルの上の3枚のカードを開く。そしてまた裏返して混ぜ1列に並べた。
「どうぞ、選んで」
シリウスはにやりと笑うと、また中央のカードの前に硬貨を置いた。トンクスとが顔を見合わせて呆れた顔をする。
リーマスがカードを開けるとシリウスが叫んだ。
「くっそ!」
「もらうからね、これ」
リーマスは穏やかな顔でまたガリオン硬貨を引き寄せる。トンクスはすでに硬貨のタワーを数える作業に入っていた。
は無言でシリウスの肩に腕を置いて1本のボトルを呼び寄せる。82年のボルドー。やけ酒にはもったいないが、呑まずにいられない夜もある。
「奢るわ」
「ありがとよ」
とシリウスは笑みを交わす。
そして新たなカモを見つけたリーマスはからも暴利をむさぼり、一月分の生活費を一晩で得た。
2010/1/4