red data animals
閉心術
「毎週月曜日の午後6時、我輩の研究室で。周囲の者には魔法薬学の補習だとでも言い訳したまえ」
スネイプは手短にそう言うと、イスを引いて立ち上がった。隣に座っていたに一度だけ目を配り、分厚いマントを捌くようにドアへ身体を向ける。
しかしシリウスに呼び止められて嫌な顔を隠そうともせずに視線を声の主へ戻した。
「なぜダンブルドアは直接ハリーに教えないんだ」
「それは、あの方がお忙しいからだろう。誰かとは違って」スネイプは言葉を切り、シリウスの顔をちらりと見てせせら笑う。「まあ、我輩も多忙なのだが。気乗りしない仕事を受け流そうにも、我輩にはその選択権が無いので仕方あるまい」
スネイプはわざとらしく溜め息をついて言葉を続けた。
「それにしても、無駄な質問が多すぎる。一から十まで我輩に説明させる気かね?」
「端的過ぎて説明不足だから、余計な質問をするはめになるんだ」ハリーを威圧的に睨むスネイプをシリウスが遮る。「おまけに退屈な喋り方だ。必要な説明を省いて嫌味を埋め込むなんて、ものを教える人間としては最低だろう。あいつはあんなに拙い話術で、教師として勤まるのかねぇ」
シリウスはわざとらしく大きな欠伸をしてテーブルの上に足を乗せ、イスの脚を2本浮かせて後ろに仰け反った。
「あいつの退屈な演説が終わったら起こしてくれ」
スネイプはシリウスのあまりに礼儀知らずな態度を見てかすかに顔を顰める。ハリーは自分が軋轢を招いてしまったのかと不安げにに助けを求めるような視線を送るが、彼女もシリウスに眉をひそめるだけだった。
「悪いな、育ちがいいもので」シリウスは片目を開けてスネイプを値踏みするように眺める。「お前のようにお上品ぶってないとろくな扱いを受けられない下賎の者とは違うのさ」
シリウスはテーブルの上で交差させた足を優雅な動作で組替えながら続けた。
「その高慢な鉄面皮の下で、何を考えている? 厚すぎる面の皮は、どんな弱みを塗りつぶそうとしているんだ?」
「ご丁寧にも我輩の顔の観察までして下さるとは、よほどこの屋敷の中は退屈で暇でしょうがないらしいな、ブラック」
スネイプは伸ばした背筋も表情も崩さずに冷淡な口調で言った。
「いや、羨ましいかぎりですな。我輩の多忙さを貴様に分けて差し上げたいくらいだ」スネイプは口の端を歪めて笑う。「もっとも、貴様に勤まるような事は、我輩しておらんので無理な話なのだが」
「そうだな! 強い方へと日和見に身持ちを変えるような、恥知らずな生き方は俺には無理だね」
シリウスは鷹揚さをまとっているふりをしていたが、明らかに激昂した感情を皮膚の下に隠し切れずにいた。
「安全な屋敷の中に匿われている貴様は恥知らずではないと?」
スネイプは冷たくせせら笑った。
「機会があれば赴く! どこへでも。ただ今はまだその時ではないだけだ」
「つまり、現在は機会を与えられる価値が無い男だと思われている事を、自分で認めているのだな」
「違う!」
冷静でいる事も忘れて声を荒げる二人を不安な顔で交互に見ながら、ハリーはどうしようかと途方にくれていた。
ついにシリウスが椅子から立ち上がりスネイプへ杖を向ける。スネイプもそれに応じるように杖を懐から抜いてシリウスへ向けた。
二人は睨み合ったまま動かない。目だけが杖の先と相手を行き来し、お互いの動きの先を読もうとしている。
しかし、その睨み合いに展開をもたらしたのはスネイプの方だった。
「貴様は、長い長いアズカバンの生活で、すっかり“待て”をしつけられたようだな」スネイプは鼻を鳴らして笑う。「合図が無ければ動き出す事も出来ないようだ」
シリウスが杖を握る指に更に力を込めたとき、思わずハリーはイスから跳ねるように立ち上がった。
「シリウス! だめだよ!!」
「ほら、“だめ”だと言っているぞ、貴様のジェームズの息子が」
「! 見てないで二人を止めてよ!」
ハリーはシリウスとスネイプの間に割り込み、シリウスの杖を下ろさせようと苦闘していた。
「私が?」頬杖をつきながら二人の小競り合いを眺めていたが片眉を上げる。「私が口出ししても、逆効果よ」
「ほう? 思い上がりも甚だしいな。自分がそこまで影響力のある人物とお思いか」スネイプはわざとらしいほどの低く滑らかな声を出す。「しかし、気の聞いた事を言えないと自覚しているのならば、それは身の程を弁えた行動だな。賞賛に値する」
「そういう強がりなところは昔と変わってないな」シリウスはスネイプの言葉を吹き飛ばすように笑う。「お前はの前でかっこ悪いところを見せたくないんだろ? 臆病者のスニベルス」
「黙れ」
「そっちがな!」
「ほらね?」
再び睨み合う二人に肩をすくめるに、ハリーはただ弱く首を左右に振るだけだった。
するとダイニングの扉が勢いよく開かれ、アーサーウィーズリーが二人を見とめて驚いた顔で絶句した。二人はようやく杖を下ろす。スネイプは足早に部屋から出て行き、シリウスは大きな音を立てて椅子を引き、乱暴に座った。
「ハリー、早く習得できるように努力してね」
クリスマスのために病床を離れる事を許可されたアーサーを歓迎する雰囲気の中で、危機を乗り越えて呆然とするハリーにが気楽な口調で声を掛ける。
「セブルスがあなたに割いている時間は、私のものでもあるって事を忘れないで」
ハリーが怪訝な顔をすると、シリウスが苦笑して答えた。
「俺が変わりに穴埋めしてやろうか」
「あなたが?」
「最高の1時間を演出してやろう」
「どうやって?」
「一から十まで説明してやりたいところだが、公衆の面前でははばかられる」
はシリウスに軽蔑するような視線を投げたので、シリウスは肩をすくめて笑った。
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2007/10/21