red data animals
HOME SWEET HOME
シリウスの部屋の壁にはポスターやら何やらが接着されていて賑やかなものだった。今は主寝室に根城を張っている彼だが、昔に捨てた部屋が懐かしくなる時もあり時たま眺めに来る事があった。深夜の闇に当てられた若者らしさの残骸はどこか滑稽で自嘲を誘う。主義主張と反抗心を全て詰め込んだ空間には照れがあるが愛着もあった。
しかし今夜は先客がいた。
「なんだ。そんなに俺に興味が?」
シリウスが言葉を投げる。窓辺に佇んでいた人影はやっと彼に気付いたように肩を震わせ振り返った。はシリウスを見止めて眼を細めた。
「シリウス?」
「……別に良いけどよ。なんとなく照れくさいな。これは16の夏まで使ってた部屋だったから」
「そんな感じね」
シリウスが肩をすくめて見せると、は微笑んだ。
「17の時から借りた部屋はもうちょっとマシな感じに整えてただろ?」
「どうだか。酷い虫を何度か見たわよ」
「俺は虫からも愛されるんだ。ファンが多くて困る」
が笑い声を上げる。
二人とも意味のない詮索はしなかった。そこにいる理由などなんとでもでっち上げられるし、気にする事でもなかった。
照れがあるのか、最初はぎこちなかったもののそのうちに遠慮は無くなった。
きっかけは忘れた。たぶん、なんでもよかったんだろう。たまたまの時宜を得てどちらともなく手を伸ばした。
はシリウスの刺青に触れる事に少し逡巡したようだったが、一度唇を押しあててしまえばあとは気にならなかった。シリウスが見せた躊躇は最初のキスの前の一瞬だけでお互いにためらいを隠し、瞬間が連続しているに過ぎない時を見るように事を進めた。
仰向けに寝るの脚を開きシリウスは身体を沈める。深く埋め込み眼を合わせるだけで言葉も発さずにひたすら終わりを目指した。
何度かの区切りを超えたが身体を離す気にはならずにまだ密着していた。どちらともなく再開して身体を揺らす。皮膚の感触だけで意思の疎通を済ませ息だけで求めた。
「噛んで」
「は?」
しかしはシリウスを見上げて口を開いた。彼は眼を見開いて驚くが動きを止める事は無く、は口を閉ざしたまま彼の律動に合わせ息を飲んでいるので観念して彼女の耳元に顔を寄せた。
「どこを?」
「っ……どこでも」
「痛くするぜ?」
「……うん」
シリウスが口を開けの首の耳朶に歯をあてると、彼女が身構えて硬直した。シリウスの視界にはシーツにこすれるの首がぼんやりと見える。しかし、少し顔を放し、舌を押しつけて舐める。が声を漏らしたのがかすかに聞こえ、薄い塩味を感じ彼は声を殺して笑った。
シリウスはの顔の横に手をついて上体を起こし抽迭を止め、彼女を見下ろした。が懇願するような咎めるような視線を彼に送る。彼女は口を開きかけるが、彼の腰の動きに息を詰まらせ言葉を紡ぐ事は無かった。
シリウスは苦笑し、また身体を倒す。の首元に唇を付けた。は顔を顔を傾けてシリウスの頭に顎を押しあてる。
シリウスは口を開き、強く歯をあてた。犬歯が刺さり、の眉根が寄せられるが声を出すのは耐えているようで、より強く顎を彼の頭に押し付ける。
「んっ……いたっ……!」
シリウスがさらに強く力を込めたので、下の歯がの鎖骨に引っかかる。骨に近い部分の皮膚が削られ、シリウスの口の中に血の味が広がった。堪え切れずが声を上げても彼の背中に爪を立ててもさらに歯を食い込ませる。
「……っあ! つぅ……!!」
が悲鳴に近い息を吐いたころ、ようやく顔を放し、歯のあてられていた個所に舌を這わす。いたわると言うよりは、成果を確かめるような舌の運びだった。
「今のがお前のご要望だ」
シリウスがから身体を離して見下ろし長い息を吐く。の眼には涙が溜まっているが、彼を咎めるような表情は見られなかった。しかしシリウスとしては、どちらかと言えば、うらみがましい目で見られた方がマシだったかもしれない。と胸の内で苦く思った。
シリウスはの右足首を掴む。目前まで持ち上げるとの身体がねじれ繋がっている部分が浅くなった。が不思議そうな顔でシリウスを見上げる。
「で、次は俺を利用した事への仕返しだ」
シリウスはニヤリと笑いのくるぶしを舐めた。彼女が息を飲むと先ほどよりも強い力を込めて噛みつく。
「う……あぁっ!!」
は驚いて足を蹴り上げるように避けようとするが、強く掴まれているので敵わない。皮膚の厚く敏感でない部分とは言え歯をあてられれば痛みは強く逃げ腰になる。
しかしシリウスも身体をねじ込みより深く押し入った。の内壁が震える。シリウスはひと際強く噛んだ後で小さくキスを残し脚を解放した。そしてまたに覆いかぶさるように圧し掛かり強く動く。
「あっ! あ……んっ……!!」
シーツに頬を押し付けるように逃げるの顔を捉えて深く口付けて舌すら絡め捕る。の身体が強張りシリウスにしがみ付き終わりが近い事を彼に知らせる。更に強かに突き刺して引いて繰り返すとの内側が痙攣してシリウスも達した。
シリウスはを抱え込み仰向けになる。身体の上に乗る彼女は脱力しきっていて顔を肩口に埋め深く息をすることだけを繰り返していた。彼女の背中に掌を乗せるとかすかに上下している。撫でるように滑らせればが身じろいだ。少し笑って、詫びるようにまた撫でるとが口を開いてシリウスの首元に歯をあてた。
「いてっ!」
素早く噛みつくとはすぐに顔を離してまた力を抜きシリウスの胸の上に頭を乗せた。
「なんだよ。お前が噛めって言ったんだろうが」
「そうだけど。思ったより痛かった」
「そりゃそうだ」
シリウスはの頭に掌を置いて笑いをかみ殺す。もで余韻に浸っているというよりかは頭の中で何か思案を巡らしているように見えた。
昨日今日の付き合いではないので、たぶん二人は同じ事を考えているんだろう。どうせ心中は今夜の事をどう無かった事にするかだろう。または、明日からの気まずさを薄めるための冗談を探しているのだ。
「めんどくせぇな。俺もお前も」
「……うん?」
ため息をつくようにシリウスは言った。は身体を起こして彼の表情を見ようとしたが、掌に抑えつけられて叶わない。
「まぁ、なんだ。利害が一致して助かったな」
「……もうちょっと雰囲気とか、良くしようと思わないわけ?」
「これ以上お前が俺に惚れこんだら困るだろ?」
「私に好かれるのが嫌なの?」
は喉を震わせて笑う。シリウスも苦笑して彼女の後頭部を撫でた。
「俺は追いかける方が好きなんだ」
シリウスが言うと、は身体を起こして彼を見つめる。シリウスは眼を細めて微笑んだ。は眼を眇めて僅かに首を傾ける。
「どうもありがとう」
「ああ、どういたしまして。だ」
本心は陳腐な決まり文句には収められず心底には澱が残る。しかし全てをかき出す言葉は見つからない。伝えたい事と底意は違うかもしれない。愛とも友情とも同情とも呼びたくない感情をどう言えばいいんだろうと息が詰まる。せめて肌からにじみ出ればいいのにとまたお互いに抱き合い密着してまぶたを閉じた。
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2010/7/21