POMME d'EVE / 九月の蛇

「一日目、ごくろうさま」
教師それぞれに与えら得た私室でウォルナット製の机に向かい頭を抱えていると無遠慮に扉が開けられた。
期待をはずし予想を裏切らない彼女の行動には慣れてるとは言え、慣れない環境と感情をもてあましている夜に尋ねてくるなど思いやりの欠片もない奴だ。……知っていたが。
無視して顔を上げずにいても、は足音を立ててこちらへ近づいて来る。
がたっと一際大きな音が立った。まだ解いていない荷物にぶつかったのだろう、良い気味だ。

顔を覆う指と指の間から彼女の脚が見えた。
「イスなど勧めんからな。さっさと出ていけ」
「そう? 書類の上に乗られたくなかったら構わないけど」
は何層にも重ねられている羊皮紙を気にせずに机の上に手を着いた。
どうすればあの子供らに最低限の魔法薬の知識をたたき込めるかという思案の後を台無しにするつもりらしい。
観念して杖を振るうと来客用のイスが机を挟むように出現する。
しかし彼女は意図を理解せずにイスを引きずると隣へ並べて座った。そして、満足そうな顔で持ち込んだ荷物を探っている。


「なんだ、それは」
は薄黄色の液体がなみなみと入っているガラスのビンを置いた。中には丸々とした塊が浮いている。
「ねぇ、私はずっとあなたにくっついて面倒を見てもらってたんだから、あなたの一人目の生徒は私よね」
「……不安にさせるような事を言うな」
「うん?」
「俺の教えた生徒がお前程度の出来にしかならんのなら、教師としてうまくやっていけるとはとても思えん」
「私、それなりに優秀だったと思うんだけど」
「まあ、相対的にはな。周りが低過ぎたんだろう」
「運が良かったわ」
「だろうな。卒業できただけでも奇跡だと思え」
「成果を確認してみる?」
「どういう意味だ」
はゴブレットを取り出すと中身を注いだ。果実らしき内容物のせいで嵩増しをしているらしく、一杯しか注いでいないにも関わらず、ビンの水位は劇的に減った。
「私が調合したって言ったら、飲んでくれる?」
軽い音を立てて目前に置かれたグラスは淵に灯りを反射させ、眼の奥を刺すように光っていた。
「試しているのか」
「いいえ」
にやにやと笑うが憎らしい。
しかし初日に疲れていた事も事実で勝手に手が伸びた。グラスを口に付けて含めば甘くとろりとした香りが広がる。
調合したなどと言うが、何の変哲もないありふれたリンゴの果実酒だ。
「甘ったるいな」
「中身が何だったか聞かなかったわね」
「どうせ、知らせずに飲ませたかったんだろう。……思いあがるなよ、信用してるんじゃなくて見くびっているんだ」
「でしょうね」
は微笑んで、空いたゴブレットにビンの残りを注ぎきった。更に飲めというのかとうんざりとした顔を向けようとしたが、予想に反して、彼女はそれを自ら煽った。飲みきって息を吐くと、こちらを見てまた微笑んだ。
「愛の妙薬」
眉をひそめ、言葉の続きを待った。しかしは何を言うでもなくこちらに伸しかかってくる。
肩に置かれた腕が重い。
「もう酔いが回ったのか、軟弱者め」
「便利よ? すぐにお酒のせいにできて」
リンゴの香りがお互いを往復する。口内と言えど粘膜は内臓だ。体内を他者にさらけ出すどころか接触させ合う行為を趣味で行う人間の知恵はまさに狂気の沙汰だ。
「どうせ何も言いたくないんでしょ」
顔を離したは唇を舐めて呟いた。
「……着任直後に懲戒免職をさせる気か。お前はまだ生徒だろう」
「まさか。残念だけど、ホグワーツはほとんどの場合終身雇用だってダンブルドアが言ってたわ」
「だろうな。だから腐っていくんだ。安定を得たものは成長しない。学びを止めた者が知識を語るどころが伝授するなどおこがましいとは思わんのか」
「教育論をあなたが語るなんて、もしかして本当に教員になりたかったの?」
「……言ってみただけだ」
「まあ、とりあえず……ようこそ、ホグワーツへ。お帰りなさい」
グラスをかちあわせようとするを無視し、しかめっ面でグラスを煽る。
これからの毎日は飲まずにはやっていけないだろう。さしあたってまず、アルコホリック治療支援団体の資料を請求するべきかもしれない……。















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「POMME d'EVE」っていうリンゴのお酒があるんだよ。
ggって見てね。
萌えるよ。