red data animals

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 生暖かい風が吹く夏の夜だった。
 ダンブルドアに頼まれた用事を片付けたが屋敷に帰るころにはもう夜中になっていた。彼女は食堂の大きなテーブルに座り、モリーが残しておいてくれたシチューを見つけて微笑んだ。柔らかい乳白色は疲れた気分を解かしてくれる。湯気が出ていればなおさらだ。
 ペーパーバックと新聞を片手に遅すぎる夕食を一人で取っていると、痩せた背の高い男が暗がりからやってきた。むっつりとした顔で向かいの席に座ると古い椅子がきしんだ。深夜の暗さの中ではかすかな物音でも大きく響いくようで、闇によってあらゆるものが鋭く研がれていた。夜の影はすべてのものを冷たく見せている。そのなかで食器から立ち上る白い湯気だけが温かく、唯一研がれることなく曖昧な形をして揺れていた。

「まだ起きてたの?」
 暗闇の中で見るシリウスの顔はよけい痩せこけてやつれて見えた。は湯気越しに彼を見ればそれが緩和されるかと器をずらしてみたが、あまり意味は無く、余計に違和感を感じるだけだった。
「ゲストをもてなすのは屋敷の主人の義務だからな」
 シリウスは心持ち顎を上げ目を細めた。
「じゃあ、その前ではお行儀よくしなきゃね」
 彼女は本をを閉じて背を伸ばし静かにシチューを口に運んだ。シリウスはナイトガウンをひっかけ、椅子に浅く腰掛けていて尊大な態度に見える。しかし彼の表情は居心地悪さを感じつつも気に入らない状況に甘んじているようにも見えた。

「なあ、おまえスニベリーと仲良くしてるって本当か?」
 テーブルを挟んで座っているシリウスの声音は平静を装っていたが、そうは見えなかった。
 おもわずが笑ってしまうと、彼は不満そうな顔をして「リーマスから聞いたんだ」と付け足した。
「それなりに、仲良くしてるわ」
 彼女が笑うと、シリウスは顔をしかめる。
「ジョンレノンはアジア女、ボーイジョージはオカマ、ジョージハリソンはインド女、おまえはスニベリー。趣味もいろいろだな」
「エルトンジョンは同性愛者、マイケルジャクソンは幼児性愛者、セブルスは私。趣味もいろいろよね」
「変わるもんだよな」
 シリウスは目を細めて口元を歪める。
「俺が若いころはマイケルジャクソンはまだスーパースターだったし、ジョンレノンは生きてたし、エルトンジョンは女と付き合ってた」
「あなたが……」
 いないあいだに、たしかにいろいろな事があったわね。と言おうとしては言葉を飲み込んだ。シリウスの目を窺うように見たが、あまりにも彼が無表情だったので、深い色の目の奥を読み取る前に俯いた。頬に当たる湯気が目に染みて乾燥していた眼球に水分を与える。
「しかたないさ」
 シリウスもまた下を向いて曖昧な表情で笑うように息を吐いた。
 彼女はそれに答えることはなく、白くまどろむような色のシチューを口に運ぶ。シチューだけが冷めることなく、温かだった。
「気が付いたら、昔とは全てが違って見える」
 シリウスは返答を願うような口調ではなく、ただ口をついて出てくる言葉を淡々と漏らす。
「あなたは疲れてるのよ、今までいろんな事があったんだもの、無理もないわ」
 は労わるように彼の腕に手を乗せたいと思ったが、彼の抱えている現実の重さを軽んじるような気がして指はスプーンを掴んだまま動かせずにいた。
「このまま閉じこもっていると、自分の中の色々な何かが損なわれていく気がするんだ」
 の反応を待たずシリウスは自嘲気味に笑う。声だけは気楽に響いたが、その努力のかいもなく表情は重いままだ。

「たとえば?」
 はなんでもないような気軽な口調でそう言い、片眉を跳ね上げた。
「……シリウス?」
 ところが彼は押し黙ったままで、その不審な態度には訝しげな声を投げかける。
 シリウスはふいに立ち上がり、テーブルの上に手をついて膝を乗せる。磨き上げられた重厚な木製のテーブルは軋みもせず、彼の体重を引き受けた。
「シリウス?」
 彼はシチューのボウルを手で払いのける。中身のシチューを盛大に零し、テーブルにぶつかり鈍い音を立てた。シリウスはスプーンを握ったまま固まっているの腕を掴む。スプーンもテーブルに打ち付けられ、2・3度不快な音を立てた。
 シリウスはテーブルに覆い被さるように上体を下げ、の脇の下に手を差し込み背中に手のひらを当て、彼女もテーブルの上へ引き上げる。
「ねえ、シリウス。どういうつもり?」
 は戸惑いを見せるが、声を荒げる事はしなかった。大声を出してしまうと、何か重要な物が壊れてしまうような気がした。
「どうしたの?」
 彼は答えない。
 の体が完全にテーブルの上へ乗った。シリウスはの両膝の裏にも腕を回し、抱え上げるようにしてテーブルを降りた。
「ちょっと、シリウス!」
 は手足をばたつかせて逃れようとするが、シリウスはしっかりとを自分の体に押し付けているのでびくともしない。
「騒ぐなよ、みんなが起きるだろ?」
 腕に込められた力とは程遠い、鷹揚な声でシリウスは答えた。
「みんなに見られて困るような事ならしないで」
「秘めてこそ花さ」
 シリウスは明るく笑った。



 禍々しくも豪奢な調度品の並ぶ廊下を進むと、目的の部屋を見つけたようでシリウスは足を止めた。そこは先日浄化を終えたばかりのゲストルームで、大きな天蓋つきのベッドにはしっかりとベッドメイクまで施してあった。
「モリーは本当に、ハウスキーピングの才能がある」
 シリウスは朗らかに賞賛の言葉をひとりごちて、ベッドの上にを落すように解放した。彼女が体勢を整える間もなく、覆い被さるようにベッドに乗る。古いスプリングは盛大に音を立て、二人分の体重を受けて沈んだ。
 彼の体を押しのけようと突っ張る両腕を片手で一まとめに掴み、の頭上に押さえつける。
「シリウス! あなた何を……」
 シリウスは乱暴にの口を塞ぐ。不意打ちには息を詰まらせ言葉を飲み込んだ。
「屋敷で待つことしか出来ない暇人は暇人同士で慰め合うべきだ」
「バカなこと言わないで!」
「だから俺は頭のいい女が好きなんだ」シリウスはの唇を舐める。「二人してバカだと、救いようが無いだろ?」
 は二人の間に膝を押し入れて密着する体を引き離そうとするが、の二本の足の間に膝を差し入れたのはシリウスのほうで、のずれていく体を固定してしまう。彼女の太腿がシリウスの股座に触れた。
「さっさと離さないと、蹴り上げるわよ」
 は楽しそうな薄笑いを浮かべている彼の顔を睨み上げる。
「おまえを逃したら、俺はその後褒美に自由になれるとでも?」
シリウスは彼女のシャツのボタンを片手で器用に外していく。
「このまま続けたら、罰として幽閉期間が伸びるのか?」
 口調の気軽さとは裏腹に、下から見上げる彼の顔は余計に青ざめて見えた。
「何も変わらないなら、好きなようにさせてくれ」
 

 言葉を紡ごうとするたびに口を塞がれ、口内を蹂躙される。腕に力を込め足をばたつかせても彼の体躯はびくともしない。抗議をする気も抵抗をする力も失せは力を抜く。それでも目だけは鋭くシリウスを睨み続けた。
 酷い事をされているというのに、あまり本気で抵抗する気になれないのは、彼のつら過ぎる過去と現在が脳裏にちらつくからだろうか。
 シリウスは酷い顔をしている。
 これで気がすむなら、と一瞬でも思ってしまった欺瞞に満ちた自己犠牲の博愛精神に思わず苦笑した。こんな事は後に空しさが残るだけだ。

 シャツはとっくにはだけていて、いつのまにか背中に潜り込んだ手が下着の留め具を外していた。顎の下で潰れるレースを眼下には溜め息をつく。
 シリウスは乳房のあたりの皮膚の薄さを確かめるように撫で、重さを感じるように手を当てた後、指先で胸の頂きを触れた。指の冷たさに反応した体は鳥肌を立て、勝手に自己主張をしてしまう。
 シリウスはにやりと笑い、口元やら首筋のあたりに熱を散らしていた唇をのろのろと移動させる。指先よりも熱すぎる唇は乳首を柔らかく食み弄ぶ。
 柔らかく平たい舌で乳首全体を舐め上げたかと思うと、口に含んで硬く尖らせた舌でつつき、たまに歯を当てる。その間も手は脇腹をなぞり、膝の裏側から腿の内側を撫で上げている。
 スカートはすでに腰のあたりにしわくちゃになって固まっていて、衣服としての役目をまったく果たしていない。
 片手が塞がっているのに大したものだと半ば他人事のように思っていただが、指先が足の付け根に触れた頃に思わず熱い息を吐いた。
 シリウスが口を歪めて笑ったように見えては顔を赤らめる。

 下着の縁をなぞるように指先が滑る。しかし侵入する気は無いようで、ただ撫でるだけを繰り返している。一方シリウスの唇はの首筋や乳房そして唇を気まぐれについばみ、彼女の吐息を漏れさせていた。彼の不精に生やされた髭が肌にあたり、伸びてしまった髪が皮膚の上を流れる。
 が心持ちもどかしく思い、足を開くように身じろいでしまうとシリウスは口元の笑みを確かなものにした。
 それでもシリウスはの下着を取り去ろうとはせず、布越しに核心を撫で上げ、さすり、押しつぶしていた。執拗に繰り返される巧みな強弱のついた刺激に腰が浮く。
 足を閉じようにも、すでに足の間にはシリウスの体が完全に入り込んでしまって、彼の両の腿の上に膝の裏が当たっている。閉じてもシリウスの手が締め付けられることは無いし、それどころか彼の胴体を足で引き寄せてしまう事になる。かといって足を開いたままにしているわけにも行かず、ふとした瞬間に、思わず彼の体を足で締め付けてしまう。彼の衣服が内腿に触り、更なる感触を生み出しては身震いした。
 は自身の内なる反応を無視するように唇を噛んで目を逸らす。

「ここまで抵抗するなんて、お前も強情な奴だな」
 何度舌を差しこまれたか数え切れなくなったころ、シリウスはようやく口を開いた。しかし顔と顔は近いままで、彼が言葉を放つたびに唇が触れ合う。
「そろそろ素直になったらどうだ?」
「私はずっと素直に、自分の欲するままに、あなたを跳ね除けようとしてるわ」
 しっかり固定されている腕はなお抵抗を続け、自由になろうともがいていた。シリウスはそれを笑みをたたえながら見守るが、けして戒めを緩めようとはしない。
「俺も自己の趣くままに、この屋敷を出て行きたいもんだね」
 シリウスはの核心を舐っている指に力を込める。布地の編目が粘膜に擦りつけられは顔を顰めた。
「アズカバンからようやく出られたと思ったら、今度は陰気な暗い過去の屋敷へ幽閉だ」
 骨と布に挟まれ強く押さえつけられた肉芽が感じているのは心良い刺激ではなく、すでに苦痛に変わっていた。
「アズカバンに居たころは、そこから出る事さえ出来れば全てが解決すると思ってた。それなのに、未だに俺は自由じゃない」
 シリウスは息を押し出すように笑った。
「ほかの奴等がハリーとダンブルドアのために動いてる中で、俺は何をしている」
 血の気の無い顔で目だけが狂気じみた光を孕み、眼球の底に欲望を渦巻かせている。
「目の前にあるものに手を出せないもどかしさは残酷だ」
 シリウスは片手を自身の衣服の前あわせに伸ばす。もどかしげにボタンを外し、小さな金属音を立ててファスナーを引き下げる。下着をずり下ろして発散を望む性器を露出させるが、まったく熱を帯びていないそれは、ただの肉の塊として垂れ下がっていた。

「失礼な人ね!」
 怯んだは空気を少しでも薄めるために笑い飛ばそうとするが、シリウスの目は相変わらず暗く光るままだった。は息を呑む。夏なのに石造りの屋敷は空気を冷えさせていて居心地の悪い湿気を充満させている。いつのまにか熱を持ってしまったの体は、シリウスの手のひらの冷たさを引き立たせている。
 は思わず腕の力を抜いてしまう。彼女が振りほどく事を諦めた事にも気付かず、シリウスはの腕を握り締めていた。見上げると表情は激昂しているものの、まったく血の気のない青ざめた顔が見える。

 ふいに彼が溜め息をついた。
「おまえにこんな事をしても、なんの解決にもならない事ぐらい解ってる」
 シリウスは俯く。場違いなほど落ち着いた声が響いた。顔が髪に縁取られて表情を見ることは出来ない。
「気持ちだけが昂ぶってどうしようもないんだ」
 そう言って彼は押し出すように息を吐いた。
「いつか、すべて終わるから」は静かに言った。しかし目を逸らし言い訳めいた口調で、自分自身に言い聞かせているようにも見える。「それまでの辛抱だから」
「悪かった」
 シリウスはの腕を捕らえている手を緩めようとしたとき、戸口から聞きなれた声が響いた。


「こんな時間にこんな場所で何を騒いでいるかと思えば……」
 そこにはスネイプが立っていた。部屋が暗くて表情は見えないものの、急いでいたようで肩はかすかに上下している。しかし声だけは平然と冷たく響いた。
「セブルス!」
 は安堵とも非難ともどちらとも取れない声で彼の名を呼ぶ。
 シリウスは憎々しげに顔を歪めて手に力を込め、再度の腕を押さえつけた。
が、おまえの貧相な体じゃ満足できないって言うから、情けをかけてやってたんだ」
 スネイプの目が鋭くを貫くが、彼女はそれを荒げた声で跳ね除ける。
「私、そんな事……!」
 否定の言葉を吐くの唇をシリウスが塞ぐ。
 見せつけるように舌を差し入れて舐めまわし、にやりと笑う。スネイプは戸口から動かずに居るものの、顔には嫌悪の色が広がっている。
「それが一方的な行為だと主張するのなら、」スネイプは彼女の強い語気に少なからず安心したようで、ゆったりとした動作で壁にもたれて腕を組んだ。「もう少し泣いたり喚いたりしたらどうだ」
 首を振って逃れたが声を荒げる。
「あなたもね、もう少し怒ったり動揺したりしてくれてもいいと思うわ」
「かわいげの無い女だ」
 スネイプは吐き出すように短く言い捨てた。
「しおらしくしてたら可愛がってくれるのかしら」
 思わず吹き出すシリウスをが睨む。
「俺はむしろ、勇ましいお前に優しくしてやりたいね」
「それなら手を離してちょうだい」
「もしお前があのスニベルスに貞操を誓ってて俺を跳ね除けたいなら、」シリウスは唇を舐めて目を細める。「それは黙ってたほうがいい」
「シリウス、あなたいいかげんに……!」

「血統書付きの甘やかされた犬は、アズカバンの看守にすら調教しきれなかったと言う訳だな?」
 緊迫感の無い二人のやりとりを冷たい声がさえぎる。
「俺はこの屋敷の主だから、好きなようにふるまう権利がある」
「屋敷の主、ポッターの保護者、高貴なる血筋の末裔、肩書きだけは立派だな」
「どういう意味だ」
「それとも口先だけだと言って欲しいか? 事実、貴様がやっている事は屋敷の大掃除ぐらいのものだろう」
 シリウスは喉の奥でうなるが、何も言えずにスネイプを睨みつけるだけに留まった。
「それで、深夜に自分の権利を振りかざして、今にも消え入りそうな自信を回復しているというわけか?」
 わざとらしく溜め息を吐き、スネイプはシリウスに値踏みするような視線を送る。
「なるほど」スネイプは冷たい声でせせら笑った。「どうりでが恐れないわけだ。貴様は長い獄中の生活ですっかり役立たずになったらしい」
 シリウスは言葉を飲み込み手に痛いほど力を込める。非難するような目を向けるを無視してスネイプは言葉を続ける。
「由緒正しい血筋もこれで途絶えるのだな。もっとも、貴様が不能ではないとしても、お相手は野良の雌犬ぐらいしか見つからんだろうが」
 スネイプはを目の端で捉える。
「それは、私の事を侮辱している事にもなるわね、セブルス」
「犬にも劣る品性の持ち主が何を言う」
 言葉尻を敏感に捉えたは抗議の声を上げるが、スネイプはにべも無く言い捨てるとシリウスの方へ視線を戻した。
「そのような出来損ないの体では意味が無いだろう。そろそろ解放してやったらどうだ」

「へえ、」シリウスはスネイプの目を正面から受け止め、薄ら笑いを浮かべる。「お前はただ突っ込むだけで終わりなのか? はかわいそうだな」
「ちょっと、シリウス!」
 の抵抗も無視し、シリウスは指先を彼女の下着の中へ滑り込ませる。は身を捩って避けようとするが、足を閉じる事も上体を起こす事も出来ず、ただ腰を揺らすだけに留まった。
「いいかげんにしろ!」
 スネイプは大股でベッドに歩み寄りシリウスの肩をつかんで引き剥がす。シリウスは思いのほか簡単に従い、西部劇のように力なく肩の位置まで手のひらを上げた。

 は抱きつくようにスネイプの体に腕を回す。それは目の前の危機から逃れた事に対する感激というよりは、ただ再会を喜ぶ抱擁のように見えた。
 は一度スネイプの胸に顔を埋めて押し付けたが、すぐに顔を離し落ち着いた顔でシリウスを見据えていた。それに目を留めたスネイプは一層憎々しげに顔を歪める。
 しかしシリウスはベッドの上に膝立ちのまま、スネイプの胴体に腕を巻きつけているを眺めていた。

「いつから俺は、こうなったんだろうな」
 シリウスはのんびりとした声をだす。
「俺はハン・ソロだったはずだ」
 口元には薄笑いを浮かべているが、その表情に気力は感じられず痛々しく見えては目を逸らした。
「プリンセス・レイアを助けるのはいつでも俺の役目だったはずだ」
「私はどっちかと言えば、レイアよりアミダラがいいわ」
 はシリウスのほうを見ずに呟いた。スネイプは小さく舌打ちするが、がまきつけた腕に力を込めたので、そのまま無言に留まった。
「アミダラって誰だ」
 思いがけず戻ってきた答えに、シリウスも惰性で声を返す。
「レイアとルークの母親。ナタリーポートマンがやったの」
「子役の?」
「もう女優よ」
「過去は遠くになりにけり、か」
 シリウスは小さく溜め息を吐き中空をみつめた。

「随分、陳腐な物言いだな」スネイプは冷ややかな声で言った。「安っぽい芝居を見ているようだ。自己憐憫に浸りたいのなら、一人で十分に沈み込むがいい」
 スネイプはの肩に手を回し、ベッドから降りるように促がす。の靴の片方が脱げ落ちていたので抱き上げようとするが、彼女はそれを避け虫食いの絨毯の上に立つ。目はずっとシリウスを捕らえたままだ。スネイプは特に気分を害すわけでもなく無言でアクシオを唱え、どこからか靴の片方を呼び寄せた。
 はそれを受け取り、スネイプの肩に手を置いて靴を履く。衣服の乱れを直すを手伝うわけでもなく、スネイプはシリウスとを交互に睨んでいた。シリウスはその光景から目を逸らし、ベッッドの天蓋を眺めていた。
「さっさと行けよ」
「言われなくとも」
 の変わりに答えたスネイプは彼女の腰を掴み強引に歩かせる。は心残りのある顔を見せるが立ち止まることなく部屋を出て行った。シリウスはベッドに仰向けに倒れそのまま目を閉じる。
 重厚な扉は思いのほか軽い音を立てて閉まり、その後はただ夜の静けさだけが残った。
 



2007/06/08