red data animals
you spin me around (like a record) 1
「遅くなっちゃって!」
が息を切らしてホールに駆け込んだが目にした光景は、まったく予想の範囲を越えていた。
扉の隙間から漏れて聞こえていた大音量の音楽から察するに、いいムードのパーティーなんだろうと期待して足を踏み入れたものの、いい気分でいるのはウィーズリー夫妻だけのようだ。
古びた蓄音機からはスローで壮大な愛のバラードが奏でられていて、聞く物を陰鬱な気分に引き落とす陰惨なラブストーリーをしっとりと歌い上げていた。夫妻はその往年の歌手のソプラノに合わせ、人目も顰蹙も気にせずに、お互いの体に腕を回しあいゆったりと踊っていた。
ウィーズリーの子供達はそれを意識して視界に入れないよう努力しているらしく、それぞれがそっぽを向いてひたすらにクリスマスディナーを消費する事に情熱を燃やしていた。
「メリークリスマス! 」甘い世界に浸りきっていたモリーがふいに顔を上げ、陽気な声を出す。
「メリー、クリスマス……」
部屋を見渡し、夫婦とその他の人間の温度差に驚きながら、もごもごとは返事を返す。
「あなたは楽しんでいってね! みんな恥かしがって踊らないのよ、クリスマスなのにね」
モリーはウインクをして盛大に微笑んだまま、アーサーの方に頭を預ける。アーサーはクリスマスのために一時帰宅を許された幸せを噛み締めているようだ。目を閉じてモリーの体を支えたまま、に手のひらを向けるだけの仕草で挨拶を終えた。
は曖昧に微笑み、髪の毛についた白い雪を振り落として一際暗い顔の並ぶ一角へ腰をおろした。テーブルを囲んでいる面々の表情は芳しくなく、どことなく淀んだ空気を漂わせていた。
の存在に気付いた各々が顔を上げて「メリークリスマス」と声をかけたが、その声音にはメリーさもクリスマスさも感じられなかった。
パーティーのディナーは相当消費されていて、すでにターキーの半分ほどが食い尽くされて骨を剥き出しにしていた。空いたビンが床にテーブルに転がっていて、やさぐれた雰囲気を演出している。
「ひどいわね」
は顔をしかめる。
「そんな事をいったら、唯一心のよりどころのディナーをモリーに取り上げられるわよ」
トンクスは手酌で発泡しているワインをグラスに注ぐと一息で飲みほした。頬はすでに赤みが差し、目元は潤んで揺れていた。
「食事が美味いのだけが救いだな」
シリウスはトンクスと同じ顔をして同意を示す。テーブルの上の空きビンをもてあそんでいる様は見るからに退屈そうだ。
「たまにはいいんじゃないかな、静かで平和な夜も」
チョコレートのトライフルをつついているルーピンは穏やかに言った。
「俺は十数年ぶりのクリスマスなんだ。楽しむ権利があるはずだろ?」
「じゃあ、踊りに加わってくればいいだろう? きっと喜んで仲間に入れてくれるよ」
「バカ言うな。3人で手を繋いで踊れって?」
「なかなかの見物だろうね」
ルーピンはトンクスの手元からさりげなくワインのビンを遠ざけながら、に向かって微笑んだ。
「残りは全部君の物にしたほうがいいよ、。二人とも、食べたり飲んだりしかすることがないらしくって、相当つめこんでるんだ」
グラスに飲み物を注いでくれるルーピンにお礼の言葉を告げようとするが、そのかわりに口をついて出たのは短い悲鳴だった。
「ちょっと失礼!」
そばかす面の赤毛の双子の片割れが、テーブルの下に潜んでいた。の足元から何か小さな黒い破片を拾い上げた彼は朗らかに声を上げる。
「ウィーズリー捜査官! また一つ発見しました!」
「よくやった、ウィーズリー監察官!」
少し離れた場所で同じように床に這いつくばっているもう片方が顔を上げる。
「彼らは何を?」
はその様子を訝しげに見る。
するとシリウスは顔を盛大に顰め、トンクスとルーピンはくすくす笑った。
「双子が若者過ぎるレコードを発掘してきて掛けたもんだから、モリーが怒って割っちゃったのよ」
トンクスが足元から拾い上げたレコードのジャケットの切れ端をに示す。そこには金髪で豊満な美女を足元に跪かせた筋肉男と毛皮のコートを着た骸骨男がギターを持って佇んでいた。
「あいつら、俺の学生時代の荷物をまとめてある倉庫に忍び込んだんだ」
シリウスは頬杖をついてウィーズリーの双子を眺めながら言った。
「おい、フレッド」
シリウスはテーブルの下を覗き込み、床で目を凝らしている赤毛に声を掛ける。
「俺がやると角が立つから、お前らがやってこい」
そしてシリウスも屈み込み、彼になにやら耳打ちをする。神妙な面持ちでシリウスの言葉に耳を傾けていた彼は、急に残念な顔をして首を大きく横に振った。
「残念だけどシリウス。その提案は受け入れられないね」
思い切り眉間に皺を寄せるシリウスの顔を見て、彼はにやりと笑う。
「なぜなら俺はジョージの方だからさ」
シリウスは笑って彼の肩を叩く。
「おい、フレッド!」ジョージは強く肩を叩かれて体を揺らしながら、大声で相棒を呼んだ。「我等が凶悪犯のシリウスが、恐るべき犯罪の手ほどきをしてくれたぞ!」
その声に顔を輝かせたフレッドはテーブルの下を(足の数だけ「失礼!」と断りながら)通ってジョージとシリウスとの密会に馳せ参じた。
「なんで俺達、今までそれを思いつかなかったんだろう!」
「お前等とはキャリアが違うのさ」
シリウスはにやりと笑うと、再度双子の肩を叩き、平然とした顔でイスの上に戻った。自身に向けられる怪しむような視線を避けるようにグラスの中身を一息で煽り、また注ぎ足して飲んで肩をすくめた。
「俺を見るよりも、あいつらを見てろよ」
平然と答えてシリウスは双子を顎で示す。
モリーとアーサーは自分達の青春時代を懐かしんで慈しんで反芻することに忙しいらしく、忍び寄る2本の杖に気付かないようだ。他の者は興味深げにその様子を見守っていた。
双子が今までどんな惨事を引き起こしてきたかは知らないわけではなかったが、それでもこの暑苦しいラブソングよりはましだろうと、皆が思っていた。
双子は同時に一歩足を踏み出し、勢いよく杖を振った。明るい色の閃光が蓄音機を貫く。
すると蓄音機は音量を上げ、途端に黒い円盤の回転速度を速めた。超高速で愛の物語を歌い上げる往年の歌手は、キーキーと高音程で超早口で愛の起源を捲くし立てている。1秒間に10回のlove発言はすでに人間業ではなく、聞く物の聴力の限界を突破していた。
「なんてことを!」
突然の音楽の転調によろめいたモリーがアーサーに支えられながら金切り声を上げる。
「ジョージ! フレッド! あなた達はまた!!」
ウィーズリー夫妻の他はみんな笑い転げ、目の前の好ましいハプニングに好意的な言葉を交し合った。浴びせられる賞賛に双子は控えめに両手を上げて答え、深々とお辞儀をした。
「モリー、僕達はじゅうぶん楽しんだよ」
アーサーはいきり立っているモリーの頬にキスを落して静かに言った。
「もう彼らの好きにさせてやろうじゃないか」
そして彼女の手を引き、部屋を後にした。
シリウスは満足げに微笑むと、イスから立ち上がった。
「さあ、お嬢さん。モリーも言ってたが、パーティーは踊ってこそだ」
は微笑みを湛えて、紳士的な素振りで差し伸べられる手を取った。
「でも、こんな音楽じゃ踊れないわ」
「踊れるさ」
竜巻のような音の渦はダンスには最適の音楽とは言えなかったが、シリウスは手馴れたもので繋いだ手を頭上に持ち上げてはの体を回転させ、引き寄せては突き放していた。ものけぞって笑いながらシリウスの足の運びに従い楽しんでいた。
それを見ていたトンクスはルーピンに期待を込めた眼差しを送るが、彼は視線を意識して避け、ラムの染み込んだチョコレートケーキの階層を数える作業に没頭しているふりをしていた。
2007/6/18