red data animals
you spin me around (like a record) 2
音階がたがたに崩れた音楽の中でも、どういうわけかシリウスとの足並みは揃っていた。ワルツのように滑り、タンゴのように背を逸らし、カントリーのように飛び跳ねる。二人は頭の中に勝手なメロディーをそれぞれ勝手に描いているようで、トラディショナルな足の運びとはいえないものの、楽しそうに体を揺らしている。
他の者は踊りはしないが、明るい調子に転調した音楽を耳障りに思いながら、それぞれ談笑に花を咲かせていた。
双子は壁にもたれてその様子を面白くなさそうに眺めている。
「どうだ兄弟、せっかくのいい音楽なのに、我々はお相手を招待するのを忘れていたようだ」
「ああ、今夜一番の功労者が壁の苔とはいただけない」
「もう用済みってわけか?」
「我々は切り捨てられたトカゲの尻尾だ」
「盲腸」
「尾てい骨」
「石鹸の包み紙」
「黒いヒツジ」
「近所のお隣さん」
「自虐もこれくらいにしておこうか、兄弟」
「ああ、心臓が張り裂けて死にそうだ」
「息が出来なくて死にそうだ」
ジョージは心臓のあたりを手でわしづかみ服に皺を作り、フレッドは舌を出して白目をむく。そして二人で顔を見合わせて笑うと、値踏みをするようにホールを見渡した。
「はシリウスに早々に取られた、トンクスはルーピンを予約済み、彼女は?」
フレッドはハリーとロンの間でジニーと楽しそうに会話をしているハーマイオニーを指す。それを見たジョージは大げさに首を振った。
「やめとけよ、また難癖をつけられて、我々の努力の結晶を取り上げられるぞ」
「ああ、そうだった」フレッドは顔をしかめる。「あのタフィーは数々の苦難を乗り越えた末の逸品だった」
「いっそ兄弟、二人で踊るか?」
「我々は常に一心同体だ。自分自身と踊るなんて自慰行為は人前でするような事じゃない」
「そりゃそうだ。そして天からニ物を授かった、人の二倍の魅力の我々だ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「人一倍の美女にして才女じゃなきゃつりあわないもんな」
「すると、彼女でどうだ?」
ジョージはまた一人を指差す。
「ああ、多少の難はあるが、確かに美しく賢い女性であることは確かだ」
「彼女は恋人の選び方が酷すぎる。我々が矯正してやらなければならないだろうな」
二人は凭れていた壁から背を離し、楽しそうに笑っている彼女の前へ歩み出た。
「美しいお嬢さん、踊っていただけますか?」
わざとらしいほど恭しく差し出された2本の手に驚きながら、彼女は言った。
「私が? 二人と?」
ジニーは信じられないというように目を見開いた。
「ウィーズリー家秘蔵の末娘である君は、我が家のアイドルであると同時に、よそでも大変な人気者らしい」
「ジョン、マイケル、ウィリアム」
「ヘンリー、リチャード……ロバートは?」
「とにかく、少し移ろいすぎやしないかい?」
「ほっといてよ。みんな私のことが好きで、私も彼らのことが好きだったのよ」
ジニーはあからさまに顔を顰めた。しかし双子は追及の手を緩めずにつらつらと続ける。ハーマイオニーは彼女の横で困ったように苦笑してハリーと目を合わせる。ハリーはばつがわるそうに目を逸らし、ロンと他愛も無い話題に逃げようと口を開きかけるが、むっつりと黙ったロンのしかめっ面に怯んでテーブルの上の甘いものに手を伸ばした。
「好きだった? それは価値基準が低すぎるのでは?」
「我が家の色男達で目は肥えているとばかり思っていた!」
フレッドとジョージは腕を組み、大げさに溜め息を吐く。
「ジニー、君はもっと慎重になるべきだ」
「そうすれば、もう無駄な選択はしなくてすむだろう?」
ジニーは目を細めて尊大な態度を取りつつも、口元は笑みを堪えきれずにいた。優雅な手つきで延べられている手に手を乗せ、立ち上がる。
ビルとチャーリーは恭しいエスコートを受けて部屋の中央へ歩み出る美しい妹のジニーへ惜しみない賛辞を送り、双子を茶化してからかった。
「残っちまったな、お嬢さん」
シリウスは賑やかになったダンスフロアを見て苦笑し、片手でを支えながら、ハーマイオニーに首だけ向けて片目を瞑る。
「別に、気にしてないわ」
二人の間で楽しそうに笑うジニーを眺めながら、なんでもない様子で彼女は言った。
「それに、こっちの二人に期待しても無駄だって知ってるもの」
「なるほど?」
シリウスはハリーとロンを交互に見て笑った。
「そっちの赤毛は、ほかの兄妹とは毛色が違うみたいだな?」
ハリーは忍び笑うが、すぐにシリウスからの鋭い視線でそれを飲み込んだ。
「ハリー、お前もだ。ジェームスがお前くらいの時には、もっと立派なもんだった」
シリウスはの腰を掴み、急に引き寄せる。そして回転させながら突き放し、また手繰り寄せて、急に膝を折って沈み込み、彼女の体を仰け反らせた。
仰け反って笑うの喉に顔を近づけるが、それを彼女の手で押し返される。笑いながら、シリウスはハリーを見た。
「お前もやってみろよ」
ハリーはロンに助けを求めるような視線をさまよわせたが、彼はえずくような仕草を見せてハリーを送り出した。ぐずぐずしながらようやくイスを立ったハリーはハーマイオニーの前に立つ。
「そういうわけなんだけど、踊ってくれる?」
遠慮がちに差し出した手を、彼女は溜め息をついて取った。
「いいわ」
ハリーはシリウスの見様見真似でハーマイオニーを回転させようと手を頭上に上げる。しかし二人分の足を縺れさせて床に転倒した。小さく悲鳴を上げるハーマイオニーを潰さないようになんとか床に腕を突っ張って耐えたハリーだが、安定はまったく得られずに今にも崩れて落ちそうだ。
「まったく、血は争えないな」
シリウスはハリーの腕を掴んで引張り上げ、豪快に笑う。
「つまずいたふりをしてわざと倒れこむのもあいつのよく使う手だった!」
はくすくす笑いながら膝を付き、ハーマイオニーを助け起こす。
「引っ掛かったふりをしてあげてるだけよね?」
ハーマイオニーは曖昧に微笑むと服についたほこりを払った。
「そう答えるのが正解なのかしら」
「優位に立てる機会は見逃さないほうがいいわ」
はハーマイオニーと笑みを交わす。ハリーとシリウスもなにやら密かに話し合っていた。
「ねえ、シリウス!」
少し離れた所から放たれる高い声に、シリウスはふと顔を上げる。
「リーマスが踊ってくれないの。彼は学生時代はどうだったの?」
トンクスはルーピンの膝の上に横座りに乗っかり、遊ばせるように揺らす足をルーピンの足に絡めながらの両肩に両手を置いていた。
「ああ、リーマスはまさにオオカミだった!」
「シリウス?!」
シリウスは昔を懐かしむように目を細めて、明朗な声で答えた。それに驚いたルーピンは目をむいて反射的に声を上げる。はその様子を見て笑い、陽気に無責任な言葉を投げかけた。
「あわてるとボロが出るわよ! リーマス」
「ボロなんて……」
ルーピンはうめくような声漏らして目を泳がせて逸らし、シリウスへ疑うような視線を送る。
「悪い子だったの?」
トンクスはからかうように甘ったるい声を出し、ルーピンの顔を両手で挟む。
ルーピンは大分前からトンクスと酒瓶の距離を遠ざけようと努力していたがその甲斐もなく、彼女の顔にはすでに盛大に赤味が差していて目は潤んでいた。
「ああ、あいつはぐるぐる回ってた。自分の尻尾を追いかけてな!」
シリウスが大きく吼えるように笑い声を立てる。
「かわいい!」
トンクスは甲高い声で短く叫び、ルーピンに抱きつく。バランスを崩したイスが脚を浮かして後に倒れこんだ。
木のイスが床に打ちつけられる激しい音が響く。
ルーピンは打った後頭部をさすり、自身のささやかな胸板の上に乗っているトンクスの肩の上に手を置いた。さざ波のように広がる笑い声に観念したかのように薄く笑った。体勢を整えようとトンクスを促がすが、彼女はこの状況のままでいる事を楽しみたいらしく、ルーピンがホールの注目から逃れるにはまだ遠そうだった。
「笑ったら、喉が渇いたわ」
は長く笑い声を立てた後、まだ息を笑い声に掠らせながら呟いた。
「しばしのお待ちを、お嬢さん」
シリウスは片目を素早く瞑ってをイスまで誘導する。動作の端まで紳士的なシリウスには笑い声を上げ、さらに喉を乾かす。ふと息をつくと、左右のイスへフレッドとジョージがそれぞれ腰をおろした。
「あら、ジニーは?」
が意地悪く問うと、フレッドはホールの中央を顎で示す。
「彼女はまた男を乗り換えた」
「まあ、少しは見る目が出てきたって事だろ」
ジョージは肩をすくめて笑った。ジニーはチャーリーとビルの間をくるくると行き来し、先程よりも無邪気に楽しそうな笑い声を上げている。
「まあ、二人にはかなわないさ」
「年の功ってやつだ」
フレッドとジョージは大げさに仰け反り両手を広げてみせる。
「ところで、そちらもシリウスは?」
「番犬がいないじゃないか」
「彼を犬扱いすると引っ掻かれるわよ」
「我々はスネイプの鉤鼻よりは、シリウスの鍵爪の方がましだと思うね」
「なんですって?」
は驚いて表情を固めた後、二人を交互に見渡す。
「我々は不死鳥の騎士団ジュニアとして、この屋敷の夜間警備には実に気を配っているつもりで」
「ところが、日夜繰り広げられるのは濃厚な人間ドラマで、すでに3つ分のカップルを目撃したね!」
小声で囁くようにそう言うと二人はにやりと笑ってを見た。彼女は冷静を装いながら顎を上げ、平然と口を開く。
「ディナーにも出かけられない恋人は要らないの」そして小さく笑い、「間男でじゅうぶんだわ」と付け加えた。
「実にえげつない! 女ってやつは」
「もしや、シリウスにもそれを告げたりは?」
二人は大げさに驚きの声を上げる。
「いいえ、本心をそのまま喋るほど、私バカじゃないわ」
「じゃあ、は二人のいい男の間を移ろう喜びをしっかり楽しんでいる最中ってわけだ」
「罪悪感と優越感の狭間で感じる愛は、まさに甘美だろうね!」
「そんな言い方をされると私、傷つくわ」
すらすらと延べる双子の言葉をは冗談めかした口調ではぐらかす。そして二人は顔を見合わせてすぐに明るい口調で付け足した。
「まさか!」
「我々はただ、我々の間でもその苦い喜びは味わえるとご提案申し上げているだけですよ!」
「二人を見分けられない私に、その資格はないわ」
はふっと息を吐いて笑う。それに気を悪くした二人は急に声の調子を下げて、左右からを覗き込むように囁いた。
「見分け方を教えて差し上げましょう、暗いところで」
「そう、ロウソクの明かりだけを……」
言いかけたジョージを、フレッド遮る。
「おっと、おいでなさった」
「さて、我々は退散いたしましょうか!」
「なんだ、あいつら」
足早に立ち去った二人の背をシリウスはいぶかしげに見る。
「あの二人、私の事が好きらしいわよ」
「なに言ってんだ」
若干の嬉しさを孕んだの声にシリウスはあきれて言葉を返す。そして先ほどまで双子の片方が陣取っていたの右隣に腰を下ろした。
「さて、この素晴らしい混乱の夜に乾杯しようか」
シリウスは見るからに高級そうなクリスタルグラスを2つ持ってワインを注いだ。
「さすがお貴族様ね」
はグラスを受け取り、目を細めて明かりに透かしグラスの造りの良さを確かめた。シリウスは高慢そうに顎を持ち上げて笑う。掲げられた彼女のグラスに自らのグラスを触れさせ、涼しげな音を立てさせた。
二人は大げさにのけぞって一息でグラスの中身を飲み干し、床にグラスを叩きつける。そして繊細なガラスの割れる高い音に負けぬ声で笑いあって叫んだ。
「プロージット!!」
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ジニーはあとでビルとかチャーリーからも問い詰められるといいと思うんだけど。
2007/7/21