9月1日、キングズクロス駅から列車で13分ほど進んだ地点。
今日から新しい生活が始まるのだと、11歳のは期待を胸に、大量の荷物を両手に四苦八苦していた。
両親との感動的で盛大な別れをホームで済ませ、ホグワーツ行きの列車に乗ったは良いが、開いているコンパートメントが一つも無いのだ。
兄も姉もいない新入生との一番初めの大仕事は、列車の中で自分の居場所を見つけることである。上に誰かいればその近くに潜り込めるのだが、一人きりで新生活に飛び込む彼ら彼女らには味方は誰もいない。
車両を2つ分ほど縦断したが、開いている座席が見つからない。それなりに甘やかされて育ってきたも途方に暮れ始めた。
「重いし……」
両親の愛情と自尊心を詰め込んだトランクはすでにの味方ではなくなって、彼女を疲れさせるだけだった。
「もう疲れた」
壁にもたれずるずるとその場にしゃがみ込む。目の前のコンパートメントの中では楽しそうな子供が数人でお菓子を囲み、パーティーの最中のような雰囲気だ。
「チョコ。ビーンズ。キャンディ……おなかすいた」
このままここに座りこんで到着を待つしかないのかと俯く。その時、二人分の脚がの目前に現れた。
「君、なにしてるの?」
「生き倒れんのか?」
顔を上げると、長身の二人の男がこちらを見下ろしていた。は顔を見上げるが、彼女が口を開く前に次の言葉が降ってきた。
「新入生?」
「だろうな。コンパートメントが見つからないんだろ」
一人はくせ毛の黒髪にメガネで順風満帆の人生をすくすく育ってきたような雰囲気の好青年風で、もう片方は装いを無造作に崩しているが内側からは育ちの良さが見え隠れしている青年だった。
「みんな最初は苦労するよね。シリウス、どっか探してやりなよ」
「俺が? 嫌だ。そのうち監督生か誰かが拾ってくだろ」
「冷たいね」
メガネがもう片方に提案をすると、シリウスと呼ばれた方はあからさまに顔をしかめて面倒そうな顔をした。
すでに自分を無視して展開される会話をは通路に座り込んだまま無言で見守っていた。
「そう言うならお前が世話してやれよ、ジェームズ」
「無理だよ。僕はこれから何か良いものを調達してリリーのところへ行く。すぐ近くのコンパートメントに居たんだ。スネイプと一緒だったけど」
「ああ、そうかよ。飽きないね、お前も」
「彼女の魅力に飽きる事なんて死んでもないね」
脳裏にバラ色を描いているのか、ジェームズと呼ばれた好青年もどきはあらぬ方向を見て表情を緩ませた。シリウスはそれを見て軽く笑い飛ばし、を見下ろす。
「そういうわけで、自力でなんとかしろよ。新入生」
ようやく発言の機会を得たは立ち上がり少しでも彼の顔との距離を縮めようとしたが、身長差はもちろん埋まらず、相変わらず見下ろされたままだった。しかし、それでもシリウスの目だけはまっすぐに見ていたので、彼の片方の眉がかすかに上がった。
「あなたたちの居た場所は空いてないの?」
「無いね。満席だ」
シリウスは肩をすくめて答えた。は眉をひそめる。
「これから違うところに行くんでしょ?」
「目ざといな。残念だけどそれも無理だ。後で戻ったりもするだろ?」
の問いをシリウスは申し訳なさのかけらも無く断り、彼女がそれに不満の表情を見せると何が面白いのか更に笑みを増した。
「じゃあな。検討を祈る」
「がんばってね!」
ジェームズもおざなりな言葉を置いてを励まし、二人は去って行っていった。
「監督生って人が、助けてくれるかもしれないのね」
これで保険は出来た、との気持ちは軽くなる。トランクにまた手をかけて持ち上げ、視線は空いている座席を探す。
それから更に1車両分を歩くと、ようやく満席ではない4人掛けのコンパートメントを見つけた。2人の先客が居る。
軽く扉をノックすると、奥の方の窓際に座る上級生らしき女生徒がこちらを見て微笑んだ。入っても良いらしいとは判断してドアを開ける。
コンパートメントの中には窓際に男女が座っていて、女生徒の方は豊かな赤毛を持った優しそうな美人と、その向かいには黒髪で顔色の悪い痩せた男子生徒が座っていた。
「どうぞ。空いてるところを探すのは大変だったでしょ?」
窓の外から差す日光で彼女の髪の毛が光っていた。その髪に縁取られた顔の中で緑色の目が細められている。
はうなずいた。「・。です。今年から入学で……っと!」そしてトランクを引き寄せようとするとバランスを崩してよろめいた。女生徒があわてての手を取り、もう一人の男子生徒が無言でトランクを押しやって支えてくれたので事なきを得た。「ありがとう、ございます」
「私はリリー・エヴァンス。5年生よ、グリフィンドールなの。彼はセブルス、5年生でスリザリン」
リリーとスネイプはそれぞれ窓際に掛けて居たので、はリリーの隣の通路側の席に落ち着いた。
リリーは印象のままに優しく、新入生であるにホグワーツのあれこれをいろいろと教えてくれた。
逆に、スネイプは始終むっつりと黙りこんでいた。会話に参加するでもなく、広げた本を熱心に読むでもなく、窓の外を眺める事もなく、ただリリーとが楽しそうにしている様子を眺めているようだった。
しかし、が「両親も親戚も大体スリザリンだった」と言ったところでピクリとこめかみ動かし視線を彼女に注いだ。それ以外は置物のような男だった。
とリリーがペディキュアについて意見交換をしていたところ、置物の顔色が変わった。リリーが訝しげにスネイプを窺うと、彼は視線だけで列車の通路を示した。コンパートメントと通路を隔てる扉の外には先ほども会ったメガネの青年がにやにや顔で立っていた。
「やあ、リリー。夏休みの間は会えなくてさみしかったよ」
ジェームズは扉を開け朗らかに言ってコンパートメント内に立ち入った。しかしリリーとスネイプはうんざりとした顔で無言を保っている。
「あれ? 君、さっきも会ったよね」
ジェームズの視線がを捉え、彼女は肩をすくめる。リリーは不思議そうに眉をひそめた。
「さっきはどうもご親切に面倒を見ていただいて、ありがとうございました」
「いいや、どういたしまして」スネイプの隣に尊大な様子で腰かけたジェームズは薄く笑いながらに答えた。そしてふと思いついたように続ける。「でさぁ、せっかく見つけた席なんだろうけど。移ってくれない?」
「ジェームズ! 良いじゃない別に」
が顔をしかめて口を開く前にリリーがジェームズを遮った。スネイプはジェームズが来てからずっと彼を睨んでいたが、視線の先の彼は意図的にそれを無視していた。「リリー、せっかくだから二人だけの方が良いだろ? スニベルスもどっか行けよ」
リリーだけを見つめながらジェームズは言った。スニベルスとはスネイプの事だろうとは察して黙っていた……が、黙っているわけにもいかない。
「これ以上、列車の中を歩き回って席を探すなんて嫌だわ」
「新しい場所があれば良いって事? じゃあ僕が居たところを使っていいよ。隣の車両の前から3個目・左側だから。行ってらっしゃい」
“良い考え!”とでも言うように、ジェームズは両手をパンと打合せに向いてにっこりと笑った。そして杖を取り出し軽く振ると扉が開いた。ジェームズの挙動は3人の不意を突き、彼らが止めようとする前に彼は再度杖を振るい、その結果のトランクが飛んで行った。
「私のトランク!!」
は扉から上半身を出して叫ぶ。トランクは地上80センチほどの空中に浮かび、すごいスピードでどこかへ消えていった。不幸にも通路を歩いていた生徒達の「痛い!」「ぎゃっ!」「なんだこれ!」などの叫び声がした。
コンパートメントの中から言い争いをしている声が聞こえたが、は通路に駆け出した。トランクが飛んで行った方向へ走り車両を移ると目当てのコンパートメントはすぐに見つかった。扉にトランクがめり込んでいて、数人の生徒が取り囲んでいる。
は涙目で近寄りトランクの前に立つ。するとコンパートメントの中で驚いた顔をして立ち上がっている生徒と目が合った。見覚えがある。シリウスだ。
の目からは思わずぼろぼろと涙が溢れてくる。見つからない居場所。お気に入りのトランク。なれない場所でのよくわからない状況。その上、いきなり上級生に持物を飛ばされれば当たり前だ。
手の甲で涙をぬぐうを見てシリウスは更に目をむいた。掌を広げて持ち上げ、「とりあえず、落ち着け」と口の動きだけで言って、不器用にゼスチャーをする。しかしは構わず泣いて鼻をすする。通路にいた別の生徒も声をかけるがあまり効果はないようだ。
シリウスは背後を振り向くと別の男子生徒と2・3の言葉を交わし、扉の内側から杖を振るった。するとめり込んでいたトランクが扉から外れ通路に倒れた。そしてようやく扉を開ける事が出来た。
「なんだ……ここまでしてここに場所が欲しかったのか? いや、違うか。まぁ、入れよ」シリウスはまだ困惑しているが、の肩に手を置いた「で、座れ」
彼女が入り促されるまま座ると、中には他に2人の男子生徒がいてどちらも立ち上がった状態で当惑した様子だった。
「トランクはちょっと傷が付いただけだし。直るよ」
鳶色の髪をした青年が杖を振って扉の破損を直しながら言った。また別の小柄な生徒がトランクをコンパートメントの中まで運ぶ。
「リーマスもシリウスも直す呪文は得意だし、大丈夫だと思うよ」
「壊してばっかだから、必然的にな」
シリウスが言葉の後を引き継いで笑う。は頷いた。新しい涙はもう出てこないが、泣いてしまった跡が気恥ずかしい。シリウスは苦笑して杖をトランクに向ける。短く呪文を言うと、トランクの傷はみるみるうちに元に戻った。
「ほらな?」
の方を向き大げさに肩をすくめて見せる。そしての前を横切り、彼女の隣の窓際の席に腰を下ろした。他の二人もようやく細々とした破片、落ちた小物などの片づけを終えて座席に落ち着いた。
「……ありがとう」
は小さく呟いた。
「それにしても、どうしてこんな事になったの?」
シリウスの向かいに座る、リーマスと呼ばれた生徒が穏やかな声で尋ねた。は顔を上げる。すでに衝撃よりも理不尽さを感じて腹が立ってきた。
「さっそく苛められたか? 誰か怒らせたんだろ」
シリウスは面白がるような顔で笑い、浅く座り直して脚を組んだ。リーマスは表情で彼を諌めながらに瓶入りのソーダの栓を開ける。
「どうぞ。僕はリーマス、彼はシリウス。君の向かいはピーター」手短に説明しながらリーマスはの顔を覗いてにっこり笑い、瓶をに手渡す。サイダーを受け取り笑顔を返して答えた。
「私は。今年から入学なの。あのトランクは……さっき会ったメガネの……ジェームズ? が私が見つけたコンパートメントに入ってきて、場所を変われって言って、嫌だって言ったら彼が居た場所を代わりに使えば良いって言われて、トランクを飛ばされたの」
は一息に言って肩をすくめ、ソーダを飲む。3人は絶句した。はまたソーダを口に含む。窓の外は牧歌的な光景が気持よく流れていた。
「それは、……災難だったな」
しばらくの沈黙の後、シリウスが口を開く。彼女のの言葉とコンパートメントの中の面々に察しがつき、起こった事を察したようだ。は肩をすくめる。リーマスは彼女にヌガーを差し出した。
「たぶんジェームズはホグワーツに到着するまでこっちには戻ってこないだろうし。ここに居なよ」
はヌガーを受け取って頷いた。ここではペディキュアに関する討論は出来ないだろうが、3人は友人のしでかした事に巻き込まれたに対して多少の同情を感じたようで、その後の乗車時間は楽しく過ごす事が出来た。
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親の世代の学生時代を書くつもりはなかったけどred deta animalsのバックボーンとしてぼんやり考えてはいました。
最終巻まで読んだらやっぱり書きたくなりました。
今まで年齢に関してはしっかり決めてなかったんですが、整頓するとこうなりました。
でもまぁなんでも好きなような年齢で想像して下さい。
ぎりぎりで81年は在学中。
あんまりスネイプ達と年齢差があると在学中に仲良くなれないし。
いろいろ出来ないし(笑。
年
号
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学
年
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年
齢
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年
齢
|
学
年
|
巻
数
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71
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1
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11
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72
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2
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12
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73
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3
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13
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74
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4
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14
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75
|
5
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15
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11
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1
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76
|
6
|
16
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12
|
2
|
|
|
77
|
7
|
17
|
13
|
3
|
|
|
78
|
|
18
|
14
|
4
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|
|
79
|
|
19
|
15
|
5
|
|
|
80
|
|
20
|
16
|
6
|
|
|
81
|
|
21
|
17
|
7
|
|
←!!
|
82
|
|
22
|
|
|
|
|
83
|
|
23
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
91
|
|
31
|
27
|
|
1
|
|
|
|
|
|
|
|
|
97
|
|
37
|
33
|
|
7
|
|
乱数表みたい(笑。
2010/6/21