1975 september

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 その後、列車は大したトラブルもなくホグワーツへ到着した。
 停車して間もなく、生徒達がホームに溢れる。人の多さに押し流されそうになりながらも、は列車の通路を進む。
 ジェームズはあれから戻ってくる事は無く、例のコンパートメントで過ごしたらしい。少し離れたところでリリーの斜め後ろで笑っている様子が垣間見えた。
 ピーターは財布を見失ったと言ってコンパートメントと廊下を何度もあわてて往復している。
 ルーピンは監督生としてその群れを少しでも統率しようとホームで声を張り上げていた。その様子をシリウスは冷ややかに見て、のトランクを車両から下ろしながら言った。
「ほらよ、。さっさと新入生の列に……お、見ろ。お利口のリーマスがお仕事をなさってるぜ!」
「ん……ありがと」
 先にホームに降りたはトランクを受け取りながら、シリウスが顎で差した方向を見る。ちょうどルーピンが新入生を集めて列を作っている最中だった。
「やきもち焼いてるの?」
「はっ! まさか。監督生なんかになっちまったら、有意義な学園生活の半分以上を他の生徒の為に割かなきゃ行けなくなるだろ? そんなのはごめんだね」
「ああ、自分がなれなかったのが悔しいんじゃなくて。リーマスとべったり遊べなくなるのが嫌なのね」
「口を慎め。先輩に敬意を払え。下級生め」
 シリウスは心底嫌そうに言った。は肩をすくめる。遠くの方ではリーマスがこちらへ向いて手招きをしていて、どうやら新入生は急いだ方が良いらしい。
「じゃあな。運が良ければグリフィンドールのテーブルで会おうぜ」
「悪いけど。私はたぶんスリザリンよ。父も母も祖母も祖父もそこなの」
 がこともなげに言うと、シリウスはさっきまで快活に笑っていた顔をしかめる。
「……お前、名前なんだっけ?」

 は訝しげな表情でシリウスを見上げる。しかし、シリウスは眉根を寄せ首を横に振った。
「違う。ファミリーネームの方」
「……、だけど?」
「あー……俺はブラックだ」シリウスはきまり悪そうに頭の後ろをかいた。「まあ、でもグリフィンドールだ」
 は驚いた顔でシリウスをまじまじと見る。良く知った家名だった。ブラック家のほうがだいぶ格上だがとの家とは遠いが縁がある。少しの気まずい沈黙の後、シリウスが口を開く。
「なるようになるさ」
 は頷く。そして少しだけシリウスの目を覗き見て、何も言わずにリーマスの方に駆けて行った。
「あれ。はもう行ったの?」
 財布を見つけ出したらしいピーターがよたよたシリウスの元へ近寄る。
「ああ、ほら。一年生だけ船で行くだろ? リーマスがお世話してる」
「そっか。彼女、グリフィンドールだといいね」ピーターが明るく言うとシリウスは眉間に皺をよせた。うろたえたピーターが違う話題を探そうとするが、しどろもどろに言葉の断片を口に出すだけで終わった。









 
 ホグワーツの場内、ホールは新入生を除く全生徒、そして全職員を収容してざわめきのさなかだった。
 久しぶりの再会を喜ぶ面々が騒がしく挨拶をしていて、そこらじゅうでハグやらキスやら雄叫びが上がっていた。
 ジェームズはリリーにハグとキスとそれ以上を求め続けて断られ続けていたが、慣れているようで表情は明るかった。
 しかし、赤い旗の下に並べられた長机に付いたシリウスは浮かない顔をしている。その横に腰掛けながらジェームズはからかうように笑う。
「どうした、パッドフット。禁じられた森の雌犬にでも振られたか?」
「振られてるのはてめぇだろ」
「え? まさか。僕らはいつも楽しく過ごしてるよ」
「言ってろよ」
 機嫌悪そうなシリウスをジェームズが不思議そうな顔で見る。向かいに座るピーターに視線を移し、口だけで「どうしたんだ?」と問うてもピーターは首を横にふるだけで理由を知る事は出来なかった。
 さらにリーマスが輪に加わる。新入生の引率には困難を極めたそうで、疲れた顔をしていた。
「やっと戻ってこれたよ。五年前の自分達があんなだったのと思うと、嫌になるよね」
「お帰り、監督生様」ジェームズがニヤニヤと笑って言った。「夕食のテーブルはVIP席じゃないんだな?」
「やめてよ、ジェームズ」
 リーマスは呆れたように笑う。そしてシリウスに目を向けた。彼は両肘をテーブルにつき、頭をその上に乗せてほとんど突っ伏す格好で姿勢悪くだらりと延びていた。
「あれ。シリウスはなんでこんなになってるの?」
「わかんないんだ。列車から降りてずっとこうだよ」
 ピーターが長椅子を少しずれて、ルーピンの為のスペースを作りながら言った。
「あいつだよ。。俺、あいつ知ってた」
「へぇ。ご近所さん?」
 ジェームズが茶化すように言う。
「ふざけるなよ……。まぁ、当たらずとも遠からずってとこだけど」
「ふーん。生き別れの幼馴染と感動の再会とか?」
「なんだよ、それ。家柄が近いんだ」
「親戚?」
「いや、そういうんじゃなくてだな……」
「じゃあ、なんなのさ」
 シリウスは身体を起こし、首を回してこきこきと鳴らした。ジェームズは彼の意図がつかめずに首をかしげた。
「習慣っていうか……」
 シリウスはついには面倒そうに口を開いた。
 魔法使い歴史を重んじて、古くから伝わるものを良いものとしていた。新しいものの方に利便性を感じていても、どこか冷笑するような空気があった。
 家柄も同じで、古い家の者たちは一族を高貴なものと誇り、それ以外の家とは区別はするべきだと主張していた。
 千代前まで遡れる程の由緒のある家系は仲間意識を持ち、同等を集めた輪の中でだけで交流する事が望ましいという考えを持っていた。そのため、同じ年頃の子弟子女を集めて仲良くさせておくのだ。……外部の穢れが移らないように。

 シリウスは自分がその中にいるのは不本意なのだ。という事を語外ににじませて説明した。
「へー、そんなのがあるんだねぇ」横で聞いていたピーターが口をはさむ。「じゃあ、シリウスはと会った事があるの?」
「その割に、初対面みたいな感じだったけど?」
 ルーピンが不思議そうにシリウスを見た。シリウスは首を振る。
「たぶん、昔に2、3回は会ったんだろ。俺は、すぐにそういう集まりから逃げるようになったけどな。弟は良く行ってたよ。たぶん、レギュラスはと親しいだろうな」 シリウスはのけぞる様に背を反らせ、首の後ろに手を当てた。「どこまで行っても家柄だ。みんな自分の行く先は血統が示してると思ってやがる」
「仕方ないよ。君がちょっと特殊なのさ」
 ルーピンが慰めるように言った。しかし、シリウスはまだ苛つきを言葉に込めている。
「自分の性質を決めるのは自分自身だろ。ご先祖様が用意するもんじゃない」
 ジェームズは肩をすくめる。
「俺のとこは、わりと代々グリフィンドールだね」
「……そりゃぁ、」
 シリウスが続けようとすると、大きなざわめきが上がり言葉をかき消した。4人が声の方を振りかえると、大広間の扉が開いたのが見えた。整列した新入生がテーブルの間を通り奥へ進んでいる。
「あ、ほら。だよ」
 リーマスが集団の先の方を示して言った。彼女は周囲を興味深く見回していた。シリウスはそれをちらりと見てすぐに目を逸らす。
「まぁ、別にあいつがどこに行こうと、俺の知った事じゃない」
 ジェームズとリーマスが顔を見合わせて苦笑した。シリウスは片ひじをついて組分けの様子を眺めている。生徒が一人一人と分けられていくたびにそれぞれの寮のテーブルから歓声が上がった。
 の組分けまでは、まだ間がありそうだ。