1975 september

 目の前では他の新入生たちが次々と組分けされている。はそれを期待を込めた目で見つめていた。
 自分はたぶんスリザリンだろう、という予感があった。両親祖父母がそうだからというだけでなく、彼らから聞いたスリザリンの性質は自分に似合っているように思えたし、彼らの事も好きだった。
 レイブンクローよりも賢く、グリフィンドールよりも恐れを知らず、ハッフルパフよりも忍耐強く。それに要領の良さを加えたのがスリザリンだ。
 先程のシリウスはあからさまに嫌悪の表情を浮かべていたのが不思議なくらいだとは思った。

!」

 彼女の名前が呼ばれた。は息をのみ壇上に上がる。そして古ぼけたイスに座り大広間を見渡すと、グリフィンドールのテーブルからリーマスが手を振っていた。その向かいでシリウスは片肘をつき尊大な様子でこちらを眺めている。
 は曖昧に微笑み、視線を外した。スリザリンのテーブルに目をやると、騒いでいる集団から一人外れた生徒がいた。目を凝らすと、彼は最初のコンパートメントにいたセブルス・スネイプだった。彼もこちらの方を見ている。一瞬、視線があったかと思うと、組分け帽子を被せられ目の前が暗闇になる。
「スリザリン!」
 組分け帽子がひと際大きな声で叫ぶと、スリザリンのテーブルから歓声が上がる。は晴れやかな笑顔で壇上から降り、緑色の旗の下へ駆けて行った。


 投げかけられる歓迎の言葉へおざなりに答え、はテーブルの恥に座る。その向かいにはスネイプが腰かけていた。彼は組分けにすでに興味は無いらしく中空に視線を向けていたが、が向かいに腰を下ろすと驚いた顔で彼女を見た。
「どうも」
「……ああ」
 スネイプは低い声でそれだけ言うと、大広間の前方に顔を向ける。口を固く結び、“かまうな”という主張がにじんでいては目を細めた。
「歓迎してくれないの?」
「理由がない」
「スリザリンの新入生だもの」
「勉学に励め。迷惑をかけるな。良い学園生活を。……まだ足りないか?」
「じゅうぶんよ。ありがとう」
 は不満げな顔をして言葉だけで例を言う。スネイプはそれにも目をくれずに壇上を眺めた。

 全ての生徒の組分けが終わったようで、壇上のイスは片づけられ、校長がスピーチ台に進み出る。生徒達は不思議な威圧感を察して静まり返り、校長が口を開くまで待った。
「さて、諸君。進入学、進学おめでとう……」
 彼は愛情を込めた深い声で言葉を続ける。しかし、が欲している者は身のあるお言葉よりも胃を満たす食料だったかもしれない。
 表情に出ていたのか、スネイプがの顔を咎めるようにちらりと見た。は肩をすくめ、校長の演説に集中しようとする。しかし彼女の頭の中には明日からの生活への期待しかなかった。
 新入生らしい表情にスネイプは苦笑し、そのまま放っておいた。











 そして組分けから数日。
 は中庭を囲む廊下を急いでいた。教科書を抱え、談話室に戻る最中で、日光の注ぐ芝生を魅力的に思い横目で見てはいたが、入学間もない身では日々の課題をこなす事で精いっぱいだった。
 名残惜しく中庭の方に顔を向けていると、庭と通路を隔てている柱にもたれかかっている生徒が目に入った。赤いエンブレムの付いたローブ、長身、黒髪、端正な顔立ち……どことなく偉そう。シリウスブラックだった。
「慣れたか、新入生」
 が通りかかると、シリウスが声をかけた。は足を止め彼の表情を注視する。
「まあまあね。……教室と教室が離れてて移動するのが大変だけど」
「そのうち足が伸びてちょっとは楽になる。……そっちは地下に寮があるらしいな? 地下の穴ぐらから毎日這い出るのは大変か?」
「あと、部屋が狭くて嫌」
「最初は仕方ないさ。集団生活に慣れろ。じめじめしてそうで気の毒だけど、スリザリンの卒業生がゼロじゃないって事は耐えられる程度なんだろ」
「……ありがとう、気遣ってくれて。……グリフィンドール様がスリザリンめにお声を掛けてくださるなんて光栄だわ」
 シリウスは顔をしかめる。
「スリザリンのくせに嫌味がまだ下手だな」
「シリウスは今日は嫌味っぽい」
「おまえらに合わせてやってるんだ」
 は肩をすくめて笑う。しかしシリウスはこわばった表情のまま言葉を続けた。
「……残念だったな。スリザリンで」
「あなたはグリフィンドールが大好きなのかもしれないけど。みんながそうじゃないって知った方が良いと思うわ」
「はあ?」
「私は別にスリザリンで残念だとは思ってないの」
「ああ、そうかよ」シリウスは苛々した様子を隠そうともせずに言う。「あんなの寮のどこが良いんだかね。みんな暗くてじめじめしてて陰険だ」
「自分と違う考え方があるって事をを理解しようとしないのはあなたじゃないの」は鋭く言う。「グリフィンドールってみんなそうなの? 選民意識の強い集団ね」
「違う」
「そうね。グリフィンドールみんながそうなんじゃなくて、あなたがそうなだけよね。あなたは孤高の先駆者。満足?」
 シリウスは黙り、を睨む。彼女もまけずに彼を睨み返すが、傍から見れば身長差、年齢差、どう考えてもの方が頼りなく見える。周囲の者はこの上級生と下級生の突然の言い合いに口を挟む事が出来ずに遠巻きに眺めているだけだった。

 しかし、廊下を横切る人影が騒動の横に通りかかると足を止めた。
「なにをしている」冷ややかな目で場を眺めながら、スネイプが言った。「ブラック、ついに身の程を知ったらしいな? 貴様が対等におしゃべり出来るのは新入生くらいだろう」
「スニベリー、おまえがでかい顔出来るのだって新入生の前でだけだろ? 去年までお前がどんな扱いを受けてるかは、学園にいる奴ならみんな知ってる」シリウスは杖を抜き、スネイプへ先を向ける。「おっと、でかい顔じゃなくて鼻だったか」
 そして杖を振るが、スネイプも素早く杖を抜いて呪文を逸らした。彼の奥に居た生徒の鼻から大量の鼻水がふきだして床を汚す。
「下品だな。まさに貴様の品性を表している」
 スネイプはせせら笑い、シリウスに閃光を放つ。しかしシリウスも杖を振って避けた。その閃光にかすったのは、だった。
「きゃっ!」短く悲鳴を上げて、は床に座り込んだ。脛が裂けて血が流れている。「痛い!」
「かすっただけで騒ぐな」スネイプは忌々しげに言う。「ぐずぐずしているからだ。ばか者」
「だって! 血が!!」
 スネイプはを無視してシリウスに再度杖をむける。しかし彼はもうスネイプの方を向いておらず、の傍に屈みこんでいた。
「大丈夫か? ……悪かったな」シリウスは青ざめた顔で杖をの足に当てる。「今治してやる」
「呪文で治るものか」
「……お得意の闇の魔術か」
 スネイプが冷たく言うと、シリウスは忌々しげに彼の方へ振りかえった。へ治癒の魔法を施しているが効果は無いようで、彼女の脛からは鮮血が流れ続けている。
「薬草を煎じた魔法薬が必要だ。お前らにその知識はあるまい? 勇気とやらだけで後先考えずに突進していくだけだからな」
 スネイプがせせら笑い、彼らの方へつかつかと歩み寄る。そしての傍らに立つと、彼女の腕をつかんで立ち上がらせようと持ち上げた。
「医務室に行け」
「立てない」
 は涙声で言い、両腕を上げスネイプの首に巻きつけようと伸ばすが、スネイプはそれを避けた。
「立てるだろう。命中はしていないから血は出続けるが傷は広がらない……ふさがりもしないが」
「治らないの!?」
「治る。いいから立て」

「俺が連れていく」
 押し問答をシリウスが遮る。自身が血に濡れるのも構わずにの膝の裏と背中に腕を差しこみ抱き上げようとするが、スネイプがの襟首を後ろから引っ張って邪魔をした。はずり落ちて悲鳴を上げる。
「ぎゃ!」
「お前、何をする!」
「……お前に任せるとどうなるかわからん。スリザリンの者はスリザリンが面倒を見る。構うな」
 スネイプはシリウスの顔を見もせずに言うと、を抱え上げた。そしてそのまま歩みを進める。は運ばれながらもスネイプの肩越しにシリウスの方へ顔を向けた。
 シリウスはに向けて声を投げる。
「悪かった!」
「シリウス! 私は怪我をした事についてはあなたに対して怒ってないけど。スリザリンを侮辱した事はまだ怒ってるからね!」
 言い残して、とスネイプはその場を去った。

 後には肩をすくめたシリウスと、血だまりが残った。シリウスは杖を床に向け、とりあえず掃除に関する呪文を掛ける。たちまち白い泡が広がり、床の汚れを消し去った。ふう、と息を着くと誰かが叫ぶ。
「先生が来た!」
 騒ぎを聞きつけたのか、遠くの方から教師がやってくる気配がしたらしい。
「逃げろ! 減点になる!!」
 シリウスも周囲を煽る。場を見守っていた生徒達は散り散りに退散し、彼もそれに紛れて立ち去った。



2010/7/9