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これまでも闇の陣営はゆっくりと魔法省を浸食していたが、ついにそれは公然の秘密となった。
 いつの間にか省内の人間が入れ替わり、政策は古き良き時代へと逆行した。由緒正しい純血の魔法使いのみが特権を持つべきだという選民思想的な主張を隠さなくなった。
 ホグワーツも例外なく新・魔法省の影響を受けた。
 ダンブルドアの死後から校長代理をを務めていたマクゴナガルを降格させた。そして、スリザリンの寮監であるスネイプが新しい校長としての任を受けた。齢36歳の校長はホグワーツ史上歳若年の快挙だっただろう。

 しかしスネイプは誰からも歓迎されなかった。
 もちろん、一部の父兄や生徒は彼の就任を喜んだが、それはスネイプへの感情ではなく、その背後への忠誠だった。

 新校長となったスネイプは「学園および生徒の安全の為」という名目でさまざまな新しい規則を作り上げた。
 夜間の外出の禁止、集会の禁止など。いまやホグワーツは尼僧院よりも幼稚園よりも厳粛で清らかな場所になっていた。
 “学生時代を十分に楽しむ事が出来なかった奴は、人生を楽しもうとしている若者が憎くてしかたがないんだろう。歪んだ青春を過ごした奴のひがみだ”などとくちさがなく言う者も居たが、真意みんなが理解していた。スネイプは闇の帝王の配下だと。ホグワーツを分解し、彼の敬愛する帝王の都合の良いように作り変えるつもりなのだと。
 誰もが理不尽さを感じていたが、どうする事も出来ず、新たな方針を受け入れるしかなかった。
 新しい規則に支配される対象は生徒だけではなく、教師も同様に抑えつけられていた。

 スネイプへあからさまに嫌悪を向ける者も、媚びへつらう者も居た。しかし彼は無表情のまま、ただ日々の職務を全うした。

 そしてアミカスがを校長室へ乱暴につれて来た時も、“彼女がアレクトから罰を受けている生徒をかばった”と報告を受けた時も彼は顔色を変えず無表情に杖だけを振るった。
 が連れてこられた事情は特に重要では無いんだろう。カロー兄妹はスネイプとの間柄に関する噂を聞きつけた違いない。
 しかし容赦なく呪文を放ったスネイプを見て、彼らはから興味を失ったらしい。彼女を校長室の外の放り出してすぐに校内の見回りに戻った。

 その後スネイプが寝室に戻ろうと校長室を出ると、はまだ戸口でうずくまっていた。ちらりと一瞥し、そのまま歩み去ろうとしたところ、が彼の足をつかんだ。
「放せ」
 スネイプは冷たく言った。
「動けないの」はスネイプを見上げ、身体が痛いのか苦しそうにうめいた。「杖はアミカスに取られて、まだ返してもらってないし」
「……杖は返すように伝えておく」
「ええ、お願い」は頷いた。そして少しの無言の後で口を開いた。「……部屋まで送ってくれると嬉しいわ」
「杖を?」
「私を」
「……誰かを呼ぼう」
 スネイプが杖を取り出し、今夜の見回りをしているだろう者を呼ぼうとすると、が口を開いた。
「あなたの部屋に抱いて連れて帰って」
「調子に乗るな」
 スネイプは忌々しげな顔でを睨む。彼女は怯まずに彼を見返した。
「今日の見回りはマクゴナガルでしょ? 彼女から軽蔑しきった目で見られるのはつらいわ」
「無理はないだろう。我輩も今まさにあきれ果ててお前を見ている」
「マクゴナガルは、私まで裏切ると思ってるのよ。ほら、恋は盲目って言うじゃない。人間、愛の為には全てを投げだすのよね」
 スネイプは心底不快そうな顔をしてを睨む。しかし彼女が声なく笑った。
「私は、……ただあなたの部屋に行きたいだけよ、セブルス」
「この後におよんで……。マクゴナガルもおまえを軽蔑するはずだ。状況と身をわきまえろ」
 は肩をすくめる。
「ふざけるのもいいかげんにしろ」スネイプは声を荒げた。その声は夜の廊下を包む闇に吸い取られ余韻すら残さない。「おまえなど……」
「黙って」は素早く言った。「それとも私も大声を上げましょうか? 言い合ってるのを見られたらまた面倒な事になるわよ」
 スネイプも耳をすませる。下品な2人分の笑い声と足音、誰も居てはいけない夜の廊下。察するに、カロー兄妹に違いない。
 スネイプは舌打ちをしてを抱え上げローブの内に包む。そして足早にその場を立ち去った。 








 部屋に入るなり、スネイプは担いでいたを床に落とす。絨毯を引いた床に身を倒したはうっすらと目を開けた。
 彼女の目に入ったのは木造りのベッドにクローゼット、テーブルセット。最低限の家具は置かれているが、どこかがらんとしていた。スネイプが魔法薬学の教授だった頃に使用していた部屋。彼が校長用の豪奢な私室に移った今、部屋の主を失った寝室は以前よりも輪をかけて生活感を失わせていた。

 スネイプはうつぶせに倒れたの肩を足で押し転がして顔を天井に向けさせた。と視線が合う。
「つらいか」
 今のは衣服の衣擦れすらも苦痛になるようで、呼吸の度に顔を歪めている。しかし、首を弱く横に振った。
「つらくないわけが無いだろう」表情も変えずにスネイプは足元のに杖を向けた。「クルーシオ」
 何度受けても慣れる事の出来ない、身体が内側から腐っていきそうな恐怖感に彼女の顔が歪む。意識を失う事も出来ず、声も上げられず、強制的に苦痛の中に止められたままはじっとスネイプの顔を見上げていた。

 スネイプが杖を下ろすと、糸が切れたようには首を垂れた。神経の一部が痙攣したままのようで、時折身体がびくりと震えた。
 はゆっくりと顔を上げまたスネイプを見つめる。あえぐようになんとか言葉を紡ぐ。スネイプは杖を構えたまま片膝を着き屈みこんだ。
「背骨が融けそう」
「あたりまえだ。加減はしなかったからな」
「人を痛がらせて喜ぶなんて、あなた変態かなにか?」
「喜んでいるように見えるか?」
 は口を閉じて彼を注視した。
「勘違いするな、別に苦しんでも楽しんでもいない。我輩には全てどうでもいいという事だ。強いて言えば……多少の面倒さは感じるがな」
 そう言ってスネイプは口の中で呪文を唱えにさらなる苦しみを与えた。
「お前には杖を振るう事すら億劫だ」
 は骨が砕けそうな苦痛に耐え、それでも起き上がりスネイプの首筋に手を伸ばした。そして掻き抱こうとしたところで、スネイプはもう一度杖を振るった。
「犬でも痛い目を見れば学習するだろうに。お前は犬以下か」
 の体は反射的に硬直しスネイプの体をかき抱くような形になる。 
「私の大切な友人は半分犬だったけど、彼も諦めが悪かったわね!」
「それで挑発したつもりか? いったいどこまで程度が低いというんだ」
「私だってそんな言葉、痛くもなんともないわ」
 スネイプは眉をひそめる。
「意味がわからんな……不愉快だ」
 首と胴体に巻きついているの腕をほどき、彼女の身体を押しやる。すでに杖腕は下げられているが、再度床に倒れたはもう言葉を発する事が出来ないようで、ただもの言いたげな目でスネイプを見つめた。
「何もするな。面倒をおこすな」スネイプは吐き捨てるように言うと立ち上がり部屋を横切る。数歩でベッドへたどり着き腰を下ろす。「……余計な疑いを掛けられるな」
 
 はよろよろと立ちあがる。スネイプはそちらを見もしないで、膝の上に折った肘をそれぞれ置いてうつむいていた。はその隣に腰をおろし彼にもたれかかる。ベッドは軋んだがお互いは無言のままだった。スネイプは微動だにせず肩に乗るの頭の形を、身体によりかかった重さを受けていた。
「おまえなど、どうなろうが我輩の知った事ではない」
 長い沈黙の後、スネイプは平坦に言った。その口調からは何の感情も読み取れず、ただ言葉だけが響いた。
 は口を開きかけたが、答えずにただ目を閉じた。












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2010/6/25