galaxy mud bath
その日は必要以上に深酒をした日で、二人で意地を張っている間に大量の空き瓶がテーブルに床に転がった。普段はころあいを見て収めて行くスネイプも、今夜ばかりは目処が立たずにずるずるとアゲハに付き合ってしまっていた。
どういう理由で飲み始めたかはもうとうに忘れた。ただ体を温めるアルコールが胃からじんわりと体内へ染み渡り、その感覚を楽しんでいるうちに収拾がつかなくなってしまった。
なんとなくそんな雰囲気になったのでベッドまでもつれながら移動したものの、アルコールの深い霧に包まれている脳では習慣と惰性に満ちた触れ方しか出来ず、お互いに含み笑いと少しばかりの心地の良さしか引き出せないでいた。
中断してはまた新たなビンを傾け、床に転がってついに行方不明になったグラスの代わりに直接ビンに口をつける。スネイプが口に酒を含めば、それが胃へ落ちていく前にアゲハの舌が挿しこまれる。アゲハがビンを掴んで口に入れ損ねて胸元に雫を落せば、スネイプがそれを舐めとった。
そんなことを繰り返していたので、本格的に気をやるには長い時間を有した。ようやく深く密着するようになった時には、二人とも貪欲さも性急さも失っていたので、ただお互いの体に腕を回しあい密着したままじっとしていた。仰向けに寝転がったスネイプの上にアゲハが乗り、腹と腹をぴったりと合わせている。
指一本動かす事さえけだるく、時おり思い出したように体を撫で、腰をゆるゆると揺らすだけにとどまった。まるで温かい泥の中でまどろんでいるような感覚を楽しむように体温を感じていた。
「愛してる」
何度目かの身じろぎで小さく波を感じると、アゲハはスネイプの耳元で呟いた。しかしそれは朦朧とした意識の中の偶発的発言のようで、口から完全にその言葉が離れた後、彼女は自分の口走ってしまった言葉に苦笑した。
「不思議だわ」
スネイプの首の後ろに回した腕に力を込め、また呟いた。
「あなたを愛してるって頭の中で繰り返してる間は、とても崇高な言葉に聞こえるのに、口に出してしまうと急に陳腐に聞こえてしまって」
「安心しろ、お前の口が格調高い言葉を生み出せるとは思っておらん」
スネイプはアゲハの背中から後頭部に手のひらを滑らせ、髪の根元に指を差し入れるように撫でた。
「そもそも言葉など……」
背中を丸めて体を縮めるアゲハの動作に従って起きた摩擦に言葉をかすらせながらスネイプは言いかけるが、自らの謂わんとしている言葉の意味に気付き、彼はまた口を閉ざした。
「なんて?」
スネイプの首の後に当てた手のひらにかすかに汗の気配を感じ取り、アゲハは微笑んだ。スネイプは軽はずみな下の動きに自己嫌悪を起こしているようで、首をわずかに横に傾けアゲハの視線から逃れた。その顔を両手で挟み、アゲハはスネイプの口に軽く唇を触れさせる。
「私の考えてる事なんて、言わなくても解ってくれるって?」
スネイプは手のひらをアゲハの首の後から背中を沿わせて腰のまで滑らせた。産毛を逆なでするように腿と尻の境目を撫で上げると、アゲハは目を薄く瞑り息を吐く。
「いいや、お前の考えている事など察するにも値せん」
「じゃあ、なんて?」
スネイプは苦笑する。唇の歪みを触感で感じ取ったアゲハは舌を出してその形をなぞった。
「言葉など、ただの過去だ」
「それで?」
「音も光も、空間を伝わってくる事は知っているだろうな?」
アゲハはスネイプの首筋に淡く口をつける。それを諌める用にアゲハの肩に手を置いて、大儀そうに息を吐いた。
「夜空の星の光が、何万年か過去の発光だという事も知っているか?」
話の内容の温度を察したアゲハは、ベットに手をついて少し離れ、スネイプの表情を値踏みするように見下ろす。
「惑星から地球までの距離が遠すぎて、光すら届くのに果てしない時間が必要なんだ」
「星を見てきれいだと思っても、その瞬間にはもうその星は存在してないかもしれないという事でしょ?」アゲハは困惑した様子を見せる。「でも、それにどんな関係が?」
「つまり、耳に届く言葉は過去の思考のみという事だ」
アゲハの肩からすべり落ちる髪の毛の先を弄びながら、スネイプは退屈そうに答えた。
「言葉を発した瞬間に、心変わりをしていたら?」
スネイプは後手に手をつき体を起こす。そしてアゲハと向き合うように座り直すと、また彼女の腰に手を置いた。
「耳に届いた言葉が、正しく最新の情報を伝えているとは思えんな」
腰は繋がったままで居るものの、二人の間には少しばかりの距離が生まれる。
「何万分の一秒の遅れをつねに持って届いている。微々たる誤差だが、確実に冷めているだろうな」
随分長い間に思える瞬間をそのままの体勢で過ごすが、先に焦れたのはアゲハのほうで彼の体に倒れこむように腕を背中に巻きつける。
「じゃあ、私達が共有できる……」
言葉を漏らすアゲハを遮るようにスネイプは口付けた。アゲハはただ舌を出す以外には口を開く必要はないと悟る。二人とも目を閉じたままお互いの皮膚すら邪魔に感じるほどに、感触だけを確かめ合っていた。
2007/6/17