ヒマワリの森

背中をしたたかに打ちつけたようだが不思議と痛みは無い。どうやら何かが緩衝材になってくれたらしく、身体の下に柔らかい何かがつぶれている。反射的に閉じてしまった目を開ければ何か黄色いものが見えた。一瞬かすんだ視界に苛立って眉間に力が込めれば目前には巨大なヒマワリが横たわっていた。わけがわからない。
上半身を起こしてあたりを見渡す。
折れて倒れたヒマワリ、その周囲には視野に入りきらぬほどの満開のヒマワリ。
どうやら、花畑の中央に横たわっているらしい。
首を巡らせてさらに目を凝らせば、少し離れたところにもう一体のバカ者が倒れていた。
……め。

フルーパウダーと暖炉を使っていたら、突然空中に投げだされた。
もちろん我々はヒマワリ畑を目指していたわけではない。
新学期初日を過ぎても投稿してこないスリザリン寮の生徒宅に「退学届を出さなければ除籍する」と一筆を託したフクロウを飛ばしても返答が無い。
近所に住む別の生徒に探りを入れてみると、夏休みの間中は一家そろって一度も見かける事無かったという事だ。
後ろ暗い事があって夜逃げでもしたのではないか。とは我輩の結論だが、心お優しい校長先生殿は行って見て来いと仰った。
そこで、寮監である我輩が嫌々家庭訪問をする羽目になった次第である。

もしも万が一、一家が悪い呪いにかかっていた場合に備えて単独行動はするべきではないと言う心配性な副校長(おそらく、労災を出したくないのだろう)のお陰でを連れて行く事になった。
それに、女生徒の為、女の教師が居た方が良い都合もあるだろう。

……それではなぜ生徒自宅の最寄の公共暖炉に到着する事が出来なかったのだろうか。

「地名、間違えたのかしらねぇ」
「……だろうな」

痛む身体で立ち上がり、のところまで歩くと、彼女は寝ころんだまま眼を開いて空を見上げている。我輩の影に気付くと悪びれずに笑った。

おそらく、世界的なシェアを誇る煙突ネットワーク運営会社が最近アップグレードした「もしかして」機能のせいだろう。
明確な発音とイメージがなされなかった場合、以前まではもとの暖炉に戻るだけであったが、「もしかして、この人はここに行こうとしてたのでは?」という配慮を暖炉が自動的に行ってくれる機能が追加されたのである。
目的地すら満足に言えないバカどもに合わせた機能などいらんと常々思っていたがまさか自分自身がこのような目に合うなどとは……。


は視線を我輩から外し、また空を見上げる。
空は橙から紫色へと変化しているのでそちらが西なのだろう。ほぼ水平に瞳を直射する夕日が眩しくて反対側へ首を向ければ、薄く白い月が浮かんでいた。
彩度の落ちた空間に立つヒマワリどもはどこか不気味に花を垂れていた。

「セブルス、すごい景色」
「ここはどこだ」
「ヒマワリ畑」
「ほう、そうかね。それはまったく気が付かなかったな!」
「……ごめんね」
「謝る暇があったら起きろ。なんとかしたまえ。責任を取るべきだとは思わんかね」

は上体を起こしパトローナスを出すと肩をすくめた。
杖先の発光した煙がの輪郭を目立たせていたが、魔法の尾を切る様に杖を振ると空気に溶けて消えた。

「経過は聞かん。結果だけ教えろ」
「あとは寝て待つだけねー」
「……果報とはかぎらんだろうが」
「大丈夫、私、日ごろの行いがいいから」
「それでこの結果かね?」
「じゃあ、あなたのせいね」
「……それはすまなかったな」
「ええ、許してあげるわ」
「寛容だな」
「これも、日ごろの行いね」
「ああ、そうかね」

中身のない会話を惰性で続けていると、日はすでに落ち切り水平線のあたりが薄紫に見えるだけであたりはうす暗い。
ホグワーツを出たのが18時前、暖炉は場所を超えるだけなので、イギリスよりも1時間ほど早く日没をするという事は同じ欧州圏内の西寄りだろう。スペインか、ポルトガルか……。少し暖かく感じる程度しか気候の変化は無く、あまり経度も変わらないように思える。
何か標識でもあればどこの国に居るかはわかりそうなものだが、あたりを見回してもヒマワリ以外には何も見えない。

「ここ、どこだと思う?」
「欧州」
「おおざっぱね」
「スペイン」
「ヒマワリだから?」

がバカにしたように目を細めて笑う。
これに時差を説明しても無駄だろうと口を閉じた。
諦めての近くに腰を下ろすと、藍色の空はヒマワリに隠れて見えなくなった。
は歌うように呟いている。

「好き・嫌い・好き……」

巨大な花を抱え、夕暮れの中で一片ずつ花を引き抜いていく様はどことなく羅生門の老婆を連想させて不気味である。
とても花占いをしているようには見えない。

「……偶数の花弁の花でやりたまえ。望ましい結果がでるぞ」
「じゃあ、“嫌い”から始めるわ」
「勝手にしろ」
「ヒマワリって花びら何枚?」
「一枚」
「えっ、ほんと?」
「キク科だからな」
「園芸が趣味なの?」
「刻んでで薬にするんだ」
「ヘぇ」
はたいして興味もなさそうな声で相槌を打つと地面に頭を垂れている新たなヒマワリを持ち上げてこれ見よがしに花を一つ千切り、そして満面の笑みでこちらを見て口を開いた。
「好き……あなた、私のこと好きらしいわね」
眉間にしわを寄せて無言を保つが、彼女はよりいっそう笑みを深めて続けた。
「あなたもやる?」
「結構だ」
「私はあなたのこと好きよ」
「それがどうした」
思い切り怪訝な顔を向けてもは飄々と黄色い花弁を指でもてあそんでいた。目が合うとにやりと笑う。
「占う手間が省けた?」
「べつに……おまえが我輩のことをどう思っていようと関係がないからな」
「あ、そう」
ふとが東の方向に視線を向けた。
白く発光するパトローナスがこちらの方へ飛んできている。
彼女が地面に手をついて立ち上がろうと体を起こしたが、その腕を掴んで引き倒す。
は声も立てずに背中を地面につけ、仰向けに転がった。
その上に覆いかぶさるように覗き込んで見下ろす。は驚いて目を見開いていたが、起き上がるそぶりも見せずに意味ありげに笑った。
のパトローナスがちらちらと視界の端で自己主張している。
さらに屈み込んで近づくと、首の後ろにの手の重みが乗せられた。彼女の腕はかすかにこちらの頭を抱き込むような動作を感じさせた。
の意思を感じ、我輩はくぐもった笑いを溢し、そのまま体を引いた。
「好きなようにさせてもらうからな」
立ち上がると、は杖を振ってパトローナスから情報を得たらしい。
すでにあたりは暗くなり、の表情は伺うことができなかった。
しかし、背中に投げつけられたヒマワリの花の勢いで彼女の感情を推し量ることはできたが、べつに、興味はない。












2012/2/2