wake me up when cristmas ends




 どうやら世の中、クリスマスイブには騒がなければ気がすまないらしい。
 そして、例によってホグワーツでも浮かれ者達(学園長とその仲間達)がクリスマスのパーティーを開いた。
 べつに我輩、そんなものに興味はないので一晩部屋にこもって読書またはそれ以外の何か楽しめる事を。すなわちパーティー以外の事をしていようと、我輩は我輩なりにクリスマスの計画を練っていた。しかし、なんと驚くことにクリスマスパーティーは夕食と同時に行うというのである。つまり、パーティーに参加しなければ夕食を取ることができないというのである。
 まあべつに構わぬ。
 部屋で一人で食事をすればいいではないか。我輩、部屋で職務をこなしながら食事を取るということは珍しくないのでそのつもりでいた。
 しかし(また「しかし」だ。人生とは裏切りの連続なのだ)、今日はクリスマスのパーティー料理を作るのに忙しく、個人の部屋へのデリバリーは受け付けないとハウスエルフに申告された。それを我輩に告げたハウスエルフは、暖炉に飛び込まん勢いで申し訳なさそうなだった。人に尽くすことが最上という信念を彼らは特性として持っているので、我輩の注文を断らざるを得ない状況(おそらくダンブルドアが料理に対する過剰な演出を考え出したせいだと思われる)はまさに断腸の思いなのだろう。それはもう切腹しそうなほど切迫した顔だった。

 それならばしかたないと、別の出前業者に夕食を手配しようとしたものの、注文を思い立ったのがクリスマス当日で(なぜなら興味がなさ過ぎて「夕食が出ない」という事を知ったのが今日なのだ)、当然どこの店もクリスマスパーティーへのケータリングで手が回らず、逆に「忙しいときに何をふざけた事をおっしゃるお客様」と呆れられてしまった。
 それでは夕食を部屋で食べる事をあきらめて、外に食べに行こうかとも考えたが、このような日にはまともな食事を出す店はみんな満席に違いない。たとえテーブルがあいていても、一人の客よりも二人連れをもてなしたい店の者に白い目で見られることに耐えられるだろうか。我輩は無神経で面の皮も厚いつもりだが、人間の視線とは金が絡んでくると普段の何倍も鋭利になるのである。
 そのように逡巡して、結局のところ我輩は「忍耐とともにパーティーに参加する→隠忍自重で食事をする→苦行から解放されて部屋に帰る」というシンプルな行動計画を立てたのである。




 そしてパーティーは始まった。
 おきまりの学生受けを狙った乾杯の音頭をダンブルドアがとり、あとは各々踊り歌い喋っていた。もちろん我輩はただ食べることに集中していた。しかし食べる為に必要な感覚以外のほとんどを閉鎖し、世間と断絶しようとしても、パーティーな雰囲気は空気中に溶け出していて、完全に避けることはできなかった。
 それは喫煙席と禁煙席の壁の隙間から漏れ出てくるタバコの煙と匂いに似ていた(つまり、受ける側にとってはものすごく迷惑でも、振りまいている人間はまったく気がつかない)。
 それらを避けるよりも、雨の粒にあたらずに歩く方がまだ可能な気がする。
 そのようなティーンエイジャーの華やかな空気に嫌気が差し、また酒を囲んで騒いでいる教師の輪にも加わる気になれず(あの様子では夜中を過ぎて朝まで騒ぐ勢いだった)ホールを早々と退散した。

 部屋ではホールから持ち帰った酒のビンを傾けていたのだが、まだ飲み足りないような気がしてホールに戻ってきた。自分で所有しているボトルを開けるのも癪な気分だった。どうせ余っているのだから2・3本もって帰っても悪くはないだろう。それに我輩もホグワーツの教師なのである。パーティーを楽しんだ者どもと同じように良い酒で酔ってもいいはずだ。



 そして戻ったホールは燦燦たる物だった。まさに惨劇の後というか、兵どもが夢の後と形容してはいささか詩的すぎだろうか。
 濡れたテーブルクロスに倒れたイス。床のそこらじゅうにはグラスやビンや一張羅に付属していたフリルの破片などが散乱していた。そしてゴミだけではなくバカまでもが転がっていたのだ。
 何者かが教師陣ための少し高級な物が並ぶテーブルからくすねたウイスキーをフルーツパンチに1ビン注ぎ込んだらしい。つぶれている生徒を揺り起こしホールから追い出した。
 ちらかったホールなどはハウスエルフが、それこそ腕によりをかけて清掃するだろう。しかし、つぶれている生徒の世話までさせられない。気持ちよく酔っ払い寝ていて、目を開けて一番最初の見るものがクリーチャーの顔とは溜飲が下がる思いであるし、浮気草の露でも奮発してやる勢いなのだがそうもいかない。新たな怪物の噂を流されても面倒だ。

 気分良くパーティーを楽しんだ教師はおのおの自室へ戻り、今ごろ夢の中だろう。我輩がやらねば誰がやる。俺の屍を超えていけ。屍といえば、ホールから出ようと庭園を横切ると、足に何かさわる物があった。なんだと思い下を闇夜に目をこらし見てみると、返事がない。ただの屍のよう……ではない。不埒な生徒もいたものだ。バラの植え込みの中で折り重なり転がっている。杖を振るい閃光を放つとあわてて駆けて行った。明日の朝の清掃は骨だろうな。ハウスエルフに同情せざるを得ない。

 それにしても、パーティーを楽しんでも居ないのに、片付けるために疲労するとはなんと理不尽な事か。どうやら正気を保っている人間のほうが苦労するはめになるらしい。これはとても理不尽ではないか。と床に転がった空き瓶をテーブルの上に置きながら考えた。
 しかし、アルコールに漬かった脳では、それ以上言葉を昇華させることが出来ず、ただ理不尽理不尽と頭の中で繰り返すばかりだった。すでに理不尽という言葉の意味すらあやふやである。


 限界を感じ、さっさと適当なビンを拾い、部屋で酒を飲もうかと歩調を速める。本日になってからすでに5時間は経過している。少し飲んで昼間で寝よう明日(正確には今日)はクリスマスだ。なにもすることはない。
 すると、ホールの中で陽気そうに鼻歌、それもクリスマスソング中のクリスマスソング、「もろびとこぞりて」を歌う人影を発見した。明け方まで起きているのは、バカかネットゲーム廃人かジャックバウアーのどれかである。しかしここはアメリカでもなく高速インターネット回線もないので、彼女も我輩も自動的にバカに分類される。それでは、バカはバカらしく開き直ってバカバカしい事をするしかあるまい。今日はクリスマスなのだ。

「どうした。サンタでも捕まえに来たのか」
 これはまったく、バカもバカ、今日に最適のバカらしいセリフだと一人心の中でで自画自賛していると、が振り返った。振り返るというよりは、もともと周囲に目を配らせていた最中らしいなので軽く首を捻っただけに過ぎない。
 我輩は自意識過剰ではないが鈍感でもないつもりなので、が誰を探しにきたのかくらいはわかっている。
 パーティーにはしゃぎすぎた彼女は我輩(部屋に戻った)を見失い、寝室でも我輩(ホールに戻った)を発見できず、絨毯の上を歩くためだけに製造されたギラギラゴテゴテ4インチスティレットヒールをムダにすり減らしたんだろう。パーティーの時にもその前にもそのさらに前にも思っていたことだが、ドレスを着た彼女は……なんていうか……とてもギラギラしていた。

 バターを切れ味のいいナイフで削ったような鎖骨の下で、限界まで脂肪を盛り上げたデコルテはグレートキャにオンに勝るとも劣らない谷間を作っていた。鎧のような黒い革のコルセットは水平に山を分断していて、骨盤に張り付くような短いスカートへと続いていた。
 そこからまっすぐに伸びる足は、ヒラヒラずるずるとしたロングスカートの多いホールの中では非常に目立っていた。黒い短いスカートからはみ出た足は目の覚めるような……というか、胃液が反応するというか、視神経が逆流するくらい鮮やかなスカイブルーのタイツで覆われていて、後ろにはバックシームの代わりに小さなラインストーンが一列に並んでおり、そこらじゅうの光を凝縮し反射していた。
 これにそこらのSMショップで見繕った仮面かムチでも持たせれば立派な変態の出来上がりだ。しかし、真の変態とは見かけではなく心意気なのである。よって、彼女には手錠も目隠しも必要無い。以上、証明終わり。QED。□。

「サンタ?」そう言うとは意味ありげに微笑んだ。「そんなことより、スネイプ。クリスマスの夜よ。楽しんでる?」
「そう見えるか?」
 我輩は彼女と目を合わせながら屈み、まだ栓も開いていないワインのビンを床から拾い上げ懐にしまった。また立ち上がるとが目前に迫っていた。
「普段と同じね。クリスマスらしさのかけらもないわ」
 そしては「つまんない男」とつぶやいた。見くびられたままでも別にかまわないのだが、このまま事実無根に見下されたままでも気分が悪いので、
「おまえほどではないが、我輩もそれなりにクリスマスだ」と進言してみると、
「へぇ、どこが?」
 と彼女はまるで信じていないようだったので、仕方なく一つずつ説明してやる事にした。しかたがない。この女は物の価値を説明してやらねば解らぬ奴なのだ。
 それにせっかく用意したこの季節感を誰にも気付かれぬまま仕舞ってしまうのももったいないと思った我輩の脳は立派に酔っていた。
「シャツはシルクで靴はエナメル。両方ともおろしたてだ。ついでに無駄にもほどがあるのだが、わざわざ靴下を吊ってみた」
 は左右非対称に口を歪めて笑った。
「それは楽しみだわね。で、もっと中身は?」
「そこまでは浮かれていない。冷静なままだ」
「ちなみに、私はおおはしゃぎよ」
「知ってるさ」

 我輩はそのはしゃぎぶりを知っているどころか、繊維の種類まで知っていた。
 は準備ために2週間は潰しただろう。そしてそのほとんどは我輩と共有していた時間でもあった。ドレス、アクセサリー、靴はもちろん、その中身までも今日のためにあつらえた物である。

 ……ちなみにドレスの中身はぺルラで1時間の試着検討比較ののちにやっと決めた逸品である。試着室の前のソファーで長く待たされていた間、我輩は死にそうな思いをしていた。そして確実にはその状況を楽しんでいた。それどころか店員の尊敬と羨望と少しの呆れの眼差しを受け、彼女は居心地がよさそうだった。
 それにしてもあれだけの布の分量であの価格とは、下着屋は暴利を貪っているとしか思えない。と店を出てからに進言すると、「電化製品も小さい方が値段が高いのはあたりまえだし、列車だって同じ距離で乗車時間が短い方がチケットが高いじゃない」と言われた。的を得ているようで外していると我輩は思う。

 とにかく、中身にも外側にも足下も完璧にそろえようとするは、そのままいくと内臓まで買い揃えそうな勢いだった。タバコの煙に耐える肺。アルコールを完全に分解する腎臓。翌日影響を受けない脳と胃。ハメをハメハ……羽目を外しすぎても大丈夫な子宮。大人のパーティーセット。
 生徒が主役でしかるべきパーティーに、どうしてそこまでするのかと訊ねてみると、彼女は「ママの愛情より、クレジットカードの限度額がものを言うってことを、子供に教えることは大人の義務だわ」とほくそえんでいた。
 しかしそんなものはただの名目で、単純に自分が着飾りたかっただけだろうと我輩は予測する。つまり単純クリスマスに浮かれているだけなのだ。
 そしてそんな事は言っていても、は教師らしい思慮のかけらを3ミクロンほどは持ち合わせていたらしい。
 パーティーの開場ではローブにも見える床まで届きそうな大ぶりのストール(すさまじいほどの細かい刺繍が施してあった)を羽織っていた為にデコルテも足も半分以上隠れていたので、3メートル以上はなれて見れば、ペールトーンの生徒達のドレスのフリルに埋没し、しかし1メートル以内でみればその細工の細かさと質の良さ(とフェミニスト団体が失神するほどえげつない女性的肉体の誇張)に感心(そして呆れも)する。というように気を配っているように見えたが、ただ単純に寒かっただけだろう。年を考えず無謀な薄着でいようとするから無理が出るのだ。と言ったら引っ叩かれるだろうか。

 やはりは多少寒さを感じているようで、両肩にしっかりショールを巻きつけていて、腕を組むように体に密着させていた。
「ねえ、スネイプ。クリスマスなんだから、もうちょっとはしゃいでもいいと思わない?」
 はテーブルの上からワインのビンを取り、逆さに傾け一息で飲んだ。それをそのまま床に転がし、テーブルを背に体重をかけるように寄りかかった。
「私達、浮かれた格好してて、浮かれてたホールにいるのよ」
 床に転がったビンを拾い上げ、あてつけのように音をたててテーブルの上に置くと、彼女は少し肩をすくめる。
「我輩は頭の先から足の先まで冷静だ」
 が人をバカにしたような勝ち誇ったような顔をしたのが気に食わなかったので、さきほどから彼女が腕を上げ下げするたびに揺れていたストールの端をつかみ、ついでに彼女の胴体に腕がくっつくように布を巻きつけた。そのまま肩を掴んで少し持ち上げ、テーブルの上に浅く腰掛けるような格好になる間もなく体を押し、テーブルに背を付けるように倒した。起き上がれないように彼女の肩をテーブルに押し付ける。
 喉をのけぞらせては短く高い声を上げたが、すぐに口を閉じて笑った。下から見上げているくせに、上から物を見ているような表情がいつものごとく偉そうだ。
 テーブルが揺れた衝撃でグラスが2・3倒れ床へ落ちたが、それのどの飛沫も彼女には飛んでいなかった。先述したように、我輩は彼女の付属物の値段を知っていた。そのあたりの心配をしてやるあたり、我輩はまだ意外と冷静だ。

「それで? 冷静な人は、これからどうしたいの?」
 は相変わらず笑みを顔に浮かべていた。
 しかたがないので、テーブルの上にしぶとく自立しているビンから半分ほど中身の残ったビンを取り、の頭上で飲んだ。妙に甘ったるい液体はまったくアルコールを含んでは入なかったので、酒の勢いに頼る事は出来なかった。
 ビンを持ち上げたため彼女を押さえている手が片手になり、簡単にこの体勢から抜け出せるような力の込め具合になってもは我輩の下からどこうとはしなかった。それどころか靴の脱げた片方の足を我輩のズボンの裾から差し入れてつま先で足をなぞり、口の端から舌を覗かせている。
 飲みほしたビンを後ろに放り投げる。派手な音はしたが、割れはしなかった。子供用ノンアルコールシャンパンでも酔えるくらい、ホールの空気はパーティーの残り香を含んでいた。




















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タイトルは「wake me up when september ends」(グリーンデイ)からなくせに、書きながら聞いたのは「just feel better」サンタナとスティーブンタイラーの。めっちゃくちゃかっこいー曲。
2006/3/12