CACAO 99% lover

「スネイプ、あなた髪に何か付いてる」

 夜中の談話室から、そろそろ寝室に移ろうかと荷物をまとめていたところだった。
 はやけに遅い時間まで暖炉の前を陣取っているくせに、何をするわけでもない。しかし時おりこちらの方を窺っているから、何かたくらんでいるんだろうとは思ったが、こっちもそれほど親切な性質ではないので放っておいた。かといって彼女の事が気にならないわけでもなく、気付けばもうすぐ明日になってしまいそうな時刻だった。
 談話室にはすでに人影は無く、ついに2人だけになってしまったので、いいかげん寝ようかと決心したその時だった。
「髪が、なんだって?」

 は不機嫌な顔で、こちらに歩み寄ってくる。
 彼女がそれを親切心だけで指摘しているとは思えなかったが、何か頭にゴミでもついているのかと、自分の頭に手を伸ばしかけたとき、彼女の腕がのびた。避けずにいたら、そのまま髪の毛を乱暴にかき回された。
「な、何をするんだ」
 すっかり縺れた髪の毛を撫で付け、その衝撃で床に落ちた何やらを拾っていると、見慣れない小箱が目に入った。ファンシーな包装紙にくるまれている正立方体はきちんとリボンまで掛けてあり、どこからどうみても立派なプレゼントの包みだった。
「あなたの荷物から落ちてきたみたいね」
 あまりにも予想外の出来事に一瞬動作が固まってしまった。その瞬間、の表情が険しくなる。いつもこうやって、かってに一人で怒る奴なのだ。

「おまえは処女か」
「なんだって?」
 さらに突拍子の無い単語の出現に、脳が凍ってしまう。それにまた機嫌を悪くしたのか、の眉間に皺は深まるばかりだ。
「サプライズなプレゼントに、びっくりしたバンビちゃんになるなんて、おまえは乙女か」
 いわれなき侮蔑に、やっと脳が回転を始めた。
「おまえこそ女々しいな。俺を喜ばせたければもっと頭を使えよ」
「別に、あなたを喜ばせようなんて思ってないもの。その逆よ」
「リボンまでつけてか?」
 サテンのリボンの結び目をほどき、包み紙を留めているテープをはがす。
「今の時期、リボンの掛かってないチョコなんかないわ」
「チョコなのか」
 その単語を聞いて、眉をしかめる。箱を開けると、そこには小さなチョコレートの粒が礼儀正しく収まっていた。
「チョコは嫌いだ」
「だから選んだの。甘いの嫌いでしょ? 嫌がらせよ」
「それはわざわざ、ご苦労なことだ」

 指先でひとかけらのチョコレートを摘み上げ、落すようにまた箱に戻した。
 腕を組んでその様子を見守っていた彼女は、もう飽きたのか眠いのか、関心を失ったようで、無表情のまま口を開いた。

「受け取ったからには、一口くらい食べなさいよね」
 そう言うと、は驥尾を返し女子の寝室塔へ続く廊下へ向かった。
「礼も言っておく。一応、礼儀だからな」
 彼女の背中に届くように声を出したが返答は得られず、夜の校舎に響いただけだった。
 チョコレートを一粒摘み、口に放りこむ。想像以上に苦い味が口の中に広がり、思わず顔をしかめる。
「これは墨か」
 これならたしかに嫌がらせだと、舌の上に残る苦味に小さく笑った。