ハリケーン




 薬品倉庫を整理していたら、棚の隅に転がっている小さな空き瓶が目に入った。
 空き瓶とはいっても、中には無色透明の少量の水分が残っている。きっちりと封をされているその瓶を眺めていると、まだこの学園の生徒だった頃に思い当たった。

 我輩は一時期、という台風を飼っていた。飼育していたというよりは、所持していたといたほうが正しいかもしれない。

 当時、我輩は独自の魔法の開発に余念がなかった。
 特に他人に物理的に痛みを与えるか、精神的にダメージを与えるか、またはその両方を兼ね備えなおかつ洗練されたスマートなスペルでスペシャルな効果をもたらすような呪文を追い求めていた。
 たとえば中国の古い話にインスピレーションを受けて着想した、杖を向けて魔法を当てた相手がビンの中に縮小されて収納される魔法などが目下の開発予定だ。
 杖の先にルーモスライトを5回点滅させるのは、シ・ニ・サ・ラ・セのサインである。中国のサーカスもびっくりなほど関節を奇妙にまげた態勢でガラス瓶に奴らを詰め込み、小高い丘の頂点から転げ落すのが、我輩の近未来予想図なのだ。

 夏の終わりごろの暑い日だった。
 ある程度まで開発した呪文の効果を高めるべく、我輩は細かなスペルやレシピを詰めていた。すでに植物ならば簡単にビンに取り込めるようになった。
 しかし魔力やら何やらがもう一味足りないらしい。昆虫やカタツムリなどの無脊椎動物の捕獲なら簡単に取り込めるのだが、骨のある肺呼吸の生き物を閉じ込めるには至らない。
 先日はチンパンジーとハエを同時にビンに入れたところ、合成されてとんでもない生き物が出来てしまったので暖炉に放り込んだ。一瞬、緑色の炎が燃え上がった気がするが気のせいだろうと見ないふりをした。
 どこかのバカがフルパウダーを残していたりなどしていなければよかったのだが。

 ……。

 その日も魔法の精度を高めようと訓練に励んでいた。そしてどれだけの物質を詰め込めるかなども試してみるつもりだった。
 こぶしほどの大きさのジャムの瓶を地面に置き、そこらじゅうの草やら土やらを詰め込んでいた我輩は「さて、そろそろ鳥類でも入れてみようか」と南西の空を飛ぶ野良フクロウを捕獲しようと杖を向けた。

 しかしフクロウは思いのほか素早く、何度も光線を放つが命中しない。
 今日はもう諦めて、また明日にでも再挑戦しようかと瓶を拾い上げようとしたその時。ガラス越しに見える小さな渦に、我輩はやっと気付いたのだった。

 その日のアメリカはフロリダには超大型のハリケーンが上陸していて、老人のたむろすビーチやら別荘の壁を剥ぎ取っていたらしい。
 なぜか人々は台風のひとつひとつに女の名前を付けて呼んでいるらしい。後日探し出した新聞には何十年かに一度の巨大ハリケーンらしい彼女の名前が連日記載されていた。
 我輩の捕まえたハリケーンは「」という名前だった。

 は我輩に捕獲されて、フロリダの上空から忽然と消滅した(事になっている)。
 その後数々のミステリー番組を騒がせる事になる。わが国のゴシップ誌タブラーでも、日本の仙人がカスミを飲んで生きているように、アメリカにも台風を主食とする超人がいるのではないか、などということが書かれていた。
 その記事をスクラップした我輩は人知れずほくそ笑み、自分だけが知っている秘密に酔いしれた。
 我ながら暗い子供だった。 

 しかし我輩がビンを大事に持ち歩いていた理由はそれだけではない。
 はきれいだった。いつかルシウスマルフォイが首に巻いていた白いミンクよりも美しく柔らかそうな白色だった。
 ビンの中で白銀に光りながら渦を巻くは、どれほど眺めていても飽きなかった。食事時や就寝前のベッドの中で、ローブのポケットに隠した彼女を盗み見すのが我輩の楽しみになっていた。

 しかし、密閉されたビンの中で十分な気圧と湿気を吸収する事が出来なかったは、当然のことながら数日後には雨になり消滅してしまった。
 ビンの中にわずかに残る水分だけがの名残で、蒸発してしまわないように厳重に密閉した覚えがある。しばらくは身近に保管しておいた気がするのだが、いつのまにかその他の瓶に紛れてしまっていたようだ。
 保管庫から持ち出そうかとローブの懐にしまいかけて、苦笑し、やはり棚の奥へ戻した。思い出の残骸は暗い倉庫に埋もれているべきだ。






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書いてからドラえもんを思い出して焦った。

2010/1/11