まぶた/すがた
(備考)
スネイプ先生の娘的なポジションに立ってみような感じ。たぶんヒロイン最低学年。闇陣営の中の誰かの娘?
は目を瞑る。
まぶたのその裏側にうつる、トリップの為のケミカルビデオのような色の波紋に彼女は必死に目を凝らす。
まぶたの裏側にはなにがあるのだろう。
目を閉じたままで見える風景、ふしぎな緑色。
「まぶたにイレズミってできるのかなぁ……」
なんでもない日の何の目的もない散歩。
もっとも、目的がないのはだけで、彼女の横を歩く彼には薬草の採取というしっかりとした目的があった。
まだ瑞々しい草の入った籠を右手に、左手にはの手をとりスネイプは怪訝そうに眉をゆがめ、自分の左側をあるく彼女の顔をみて言った。
「どうしてそんな事をいう」そしてこう付け加えた。「……少なくとも、とても痛いだろうな」
「ふむ」わざとらしく頷いては口を開く。「とても痛い。それはもっともね」そしてくすくすと笑う。「止めないの?」
スネイプは聞き返す。
「なんだって?」
「ふつう、教師は止めるでしょ? イレズミを入れたいって言う生徒を」
おかしそうに彼女は笑いつづける。
「ああ、そんな馬鹿な事を本気で言っているとは思わなかったものでな。止めるまでもないだろう?」
の笑顔につられるわけでもなく、真面目な顔で教師らしく彼らしく答えた。
「ごもっともですこと」
くすくすと彼女はまだ笑っていた。
「」
研究室に持ち帰った薬草を水洗いしている最中に、セブルススネイプは思い出したように彼女の名前を呼んだ。
「なに?」
はこれから水分を抜かれ保存されていく草をもてあそんでいた。
彼はそれを咎めるような視線を送るが口には出さずに、代わりに疑問を口にした。
「なぜ、まぶたなんだ?」
「ふむ」彼女はまたわざとらしく息を吐いてみせる。「それはとても私の心に侵入する質問ね」
「できるだけ完結に頼む」あきれたようにスネイプはぞんざいな手つきで薬草を水切り篭に放りこんだ。
「面倒ならべつに無理に答えてもらう必要はない」
は清潔に意味ありげに微笑むと、スネイプの手を口元まで運び、薄く唇をつけ指の腹で彼の手の甲を撫でた。
スネイプは一瞬嫌そうな顔をしたが、たとえ嫌がってもその手は自分のあるべき位置には戻らないだろうと予想して無視した。
「私は別にどっちでもいいんだけど……先生がどうしても知りたいって言うなら教えてあげなくもないわ」
彼は心の奥で溜め息を吐く。いつも彼女はこうなのだ。いつも自分の希望を我輩に言わせたがる。たぶん、聞いてほしくてしかたないに違いない。
「……そうだな」
スネイプはわざとらしく言葉を濁す。
「我輩も別にどうしても聞きたいというわけではないのだが……。君がどうしても話したいというのならば、聞いてやらなくもない」
「本当に?」すこし頬をふくらせては言った。「きっと、先生感動するよ?」
「感動?」
スネイプは面倒くさそうに片眉をはねあげた。
「そう、きっと私の事抱きしめてキスしたくなるわ」
くつくつと彼女に悟られないようにスネイプは喉の奥で笑う。
「それでは、是非に拝聴を願おう」
にこりと嬉しそうには笑う。
「どうしても?」
「ああ、どうしてもだ」
もう、通過儀礼のようなやりとりだ、とスネイプは内心で笑った。
「イレズミって消えないじゃない?」彼女はじゅうぶん過ぎるほどの間を取って、ようやく口を開いた。
「ああ、そうだな」
「ずっと肌にプリントされてて、洗っても消えないし、擦っても消えない」
正確にはプリントではないがな、とスネイプは思ったが口には出さず彼女の続きを待った。
「ずっと、その柄とインクと一緒でしょ?」
スネイプはうなずく。
「そうだな」
「肌に直接触れてて、取れないアクセサリーって好きなの。たとえば……ピアスとか。すぐに取れちゃうけどタトゥーシールとか」
「我輩には全く理解できないな」
忌々しげにスネイプは言った。
「そう?」彼女は気にせずに続ける。「それにまぶたにプリントされたら」
はいったん言葉を止めスネイプの反応をうかがう。
本当に、人から注目されたり先を促される事が好きなのだ、彼女は、とスネイプは思う。
「まぶたを透かして目を閉じても柄が見えると思うの」
は顔に浮かべていた笑みをしまいこみ、急に真面目な顔を作り目を閉じた。
「もしまぶたに安全にイレズミができるなら先生に関係する柄を入れるわ。だっていつもいっしょな気分になれるでしょ?」
は目を開け、にこりと笑う。「感動した?」
「いいや、まったく」
スネイプは溜め息をついた。
「そんなにくだらない事だったとはな」
「くだらない?」
は顔を顰める。
「ああ、くだらない」
スネイプは洗い終わった薬草を籠に全部ほおりこむと、数回振り水をきった。
「まったくもってくだらない」
きっぱりと言い切った。そして立ち上がり、部屋から出て行こうと古い木の扉のドアノブに手をかける。
はあわててイスから立ち上がり、スネイプのあとを追った。
「そんな軽軽しい一時的な思いで君は体にずっとのこる傷を刻み込むつもりかね」
「取れないからいいのに」
石の廊下に2人分の足音が響く。
スネイプは日当たりのいい中庭に設置した台の上に洗って水をきった薬草を並べる。はそれを黙って見ていた。
「ねえ、本当にバカなことだって思う?」
「ああ、そうおもう」面倒そうにスネイプは答える。「そんなことを考える暇があるなら他の事にその崇高な時間を使うのだな」
「私みたいな子供にもしっかりした言葉で話す先生みたいな人って好きよ」
はにこりと笑った。「子供だからっておざなりな言葉で置いておかれたくないわ」
「そうか、それはよかったな」
「いま私、おざなりな対応しない人が好きっていったんだけど」
スネイプは均等に葉を並べることに余念がない。
「見ていないで少しは手伝ったらどうだ」
「……やっぱり先生みたいな人嫌い」
「なんとでも」
スネイプはにやりと笑った。
「いいかげん部屋に戻ったらどうだね」
すっかり乾燥した薬草を瓶に詰め終わったスネイプは、彼の自室にまだ居座ってるを横目で睨んだ。「そろそろ消灯時間だ」
彼女は夕食後もスネイプの部屋に侵入してベットの片側を占拠し、読書に励んでいた。
は目を本から上げる。
「いいえ、今日はここに泊まっていくから」
「それは本気で言っているのか?」
あきれた様子でスネイプは言った。
「ええ、もちろん」
ベットの片側で寝る準備を整えていたは、もうしっかり自分の寝床を整え、羽根布団の中にもぐりこんでいた。
「……好きにしろ」
スネイプは溜め息をつく。
「いまだに一人では眠れないと?」
スネイプはベットサイドのライトを消し、言った。
すこし間延びした声では言う。「別に、眠れないわけじゃないわ」
「では、何だというのだ」
問い掛けた言葉に返事はなく、目を凝らしてみるとの目は閉じられ胸は肺の動きによって規則的に上下していた。
「……まったく」
しずかにのまぶたにくちびるが押し当てられる。
彼女はその夜彼の夢を見た。
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2003/7/2