王様









 そんな「ルシウス様と愉快な仲間達」のくりひろげる楽しい毎日の中、事件はおこった。
 城に幽霊が出没しはじめた。夜中だろうと昼間だろうと、床の奥からうめき声が聞こえてくるのだと使用人に泣きつかれた。昼にまで出るなんて、なんと非常 識な幽霊だろうか。
 しかたがないのでセブルスをつれて調査に向かう。片目をつぶり虫眼鏡を覗き込む私を見てセブルスが「なんですか、その無意味な虫眼鏡は」と味も素っ気も 情緒もおもむきもワビもサビもないことを言い出した。
 そう言われてはしかたがないので「そうか、君はホームズよりもジェームズボンドが好きなのか、そうかそうか。ボンドカーで城の廊下を走るのも楽しいかも しれないな。ボンドガールは君ね」とスーツに着替えに寝室へ行こうとすると、セブルスは「そのままでいいですから行きましょう」と涙目で訴えてきた。かわ いいやつだ。

 聞いたとおり、昼間であるのにも関わらず、うーん、とかすーん、とかの気味の悪い声が聞こえる。その声をたどっていくと、北の外れのトイレにたどり着い た。そこはなかなかアナクロでゴシックな趣のあるトイレで、ところどころにウナギをかたどったレリーフがあった。この城を建てた人はウナギが大好物だった らしい。ウナギはおいしいよね。
 気分が良くなってベネッセ通信教育で習ったウナギ語で鼻歌を歌っていると、がこんがこんと音をたてて洗面所が変形しはじめた。この城の設計者はウナギ好 きの発明家だったらしい。どこかを掘り起こせばデロリアンが出てくるかもしれないらしい。ドク! 未来の君が危ないんだ! マーティン! こんどセブルス とバックトゥーザフューチャーごっこしよう。
 そんなふうに楽しい妄想に浸っていると、トイレのパイプの中から金髪の美青年が現れた。なんだ、金の斧でもくれるのかい?
「美人だ、君はものすごく美しいね」と私が誉めると、彼は頭を傾けて微笑んだ。「どれ、セブルスや、おまえも何か言いなさい」と無愛想な顔をしている失礼 な少年セブルスを促がすと、「整った顔はしているが汚れている」と簡潔に無表情で答えた。見かねた私が教育……とぽつりとつぶやくと、「美しい、ああ美し い美しい。たいへんな美しさだ。この世のものとは思えない美しさだ、ほれぼれするような美しさだ。頭の先から足の先まで全部美人だ、すでに人間離れした美 しさだ」とものずごいスピードでまくしたてたた。
「君は貧しかったから、美について学ぶ機会がなかったんだね。かわいそうに。こんど「良い子のための世界美術図鑑」を買ってあげよう。私のブロマイドでも いいよ」
 ところがセブルスは私を無視して、汚いものを見るような目つきで地面を見ていた。なにを見ているのかと思い、その視線をおってみると、パイプから現れた 青年が、トイレの床を這う虫を見て狂ったように笑ってはしゃいでいた。
 なるほど、彼は馬鹿なのか。きっと首を傾ければ使われなくなって萎縮した脳が、まるで鈴のようにからんころんと頭蓋骨の中で響き、右足を踏み出せばちゃ らん、左足を踏み出せばぽらん。3歩歩けばちゃらんぽらんちゃらんと靴音がなるのだろう。無能が服を着た男らしい。
 だがそれがいい。私はそういう男が好きだ。そして私は彼を、寝室に招き入れた。

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